「十八年の現役生活で、数多くの打者にめぐり合いました。その中で、もっとも印象深いというか、駆け引きの楽しさ、配球の楽しさを味わえたのは、中日時代の落合博満さん(現・評論家)でした。三冠王に三度も輝いた当時の日本球界最強打者から、いかに三振を奪うか。ここが重要です。打ち取るのではなく、いかに三振を奪うか。考えに考え、工夫した投球術をお話します」(44頁)
同書の一番の読みどころである「第2章:右の強打者・左の強打者」は、落合との対決のエピソードから始まり、ランディ・バース、ウォーレン・クロマティ、駒田徳広、原辰徳と続き、高橋由伸選手との仮想対戦で終わる。内容は全て、「オレはこんな配球で抑えた」「この配球の意図はこうだ」「アイツは凄かった」ということを、川口自身の言葉で語っているもの。
「1-2というカウントは、明らかに打者に有利です。打者という生き物は、こういうとき必ずストレート系を狙う習性があります」(46頁)
「当てて乗せられるとスタンドまで持っていかれるから、当てさせない。それでインハイばかり投げていたんです」(55頁)
「そ知らぬふりをして打席に入り直すんだけど、よく見ると、さっきよりベースから離れて立っている。要するにインコースを真ん中くらいにするために、バレないようにベースから離れたわけです」(57頁)
「必ず、どんなボールでも引っぱる。こういう打者に対しては、アウトコースが攻めの中心になります」(59頁)
と、川口の視点から語られる名勝負の数々。
・彼はどのようなバッターか?
・そんな彼をどのように攻略したか?
・なぜこのような方法で攻めるのか?
その全てに技術的な理由を書いている。根拠は全て川口本人の経験のみであるため、技術書として参考になるものではない。しかし、その分、他の選手やOBが書かない踏み込んだことまでガンガン書いているので、読み物としては圧倒的に面白い。詳しい内容は、是非、同書を読んでもらいたい。野球好きであれば間違いなく満足できるはずだ。
さて、第二章で最も大きなスペース(5頁)を割き、良きライバルとして紹介している落合だが、実は落合も川口のことを著書『プロフェッショナル』で詳述している。
「対戦成績を見れば極端に悪いわけではないのに、その数字すら信じ難くなってしまう『精神的な天敵』が一人だけいる。昨年限りで引退した川口和久だ」(140~141頁)
「ひとことで言えば、彼は天才肌の投手である」(142頁)
「ところが川口については、フォームや雰囲気からストレートの呼吸で始動しても、キレ味鋭いカーブが来ることが多かった。ある時、その理由がわかって驚いた。彼はストレートのサインに頷いて振りかぶってから、打者とのタイミングが合っていると危険を察知すると、フォームの途中で握りを変えてカーブを投げるのだ」(144頁)
このようにほとんど手放しで賞賛している。ここで触れられている「危険を察知したら握りを変えるテクニック」について、川口は具体的には語っていない。ただ、達川光男との間でノーサイン投球を度々していたことは『投球論』で言及している。
「コミュニケーションが進んだバッテリーがどこに行きつくかというと、これはもう『ノーサイン』でのピッチングです」
「口を開けたら変化球で、口を閉じていたらストレート系。~~中略~~実はボクの口がサインなんです」
「ボクが持っているカーブとスライダーとフォーク(=抜きシュー)、それをすべて『変化球』で表すわけです。『それさえわかりゃあ何とかなる』。達川さんはそう言ってました」(118~121頁)
このエピソードを紹介した後に、プロ野球で使われているサインの基本(フラッシュ、ポンプ、カウント)を解説しているが、これもまた実に読み応えがある。多分、サインについてここまでキチンと説明している野球本は、この本くらいだろう。他にも先発からリリーフの技術的な違い(投球の際のステップ、配球など)、広島、巨人でのエピソードなど、全編これ全て読みどころの傑作だ。
プロ野球の投球術について、ここまで深く、かつ面白く書けるのに指導者の口がないのは、同書で徹底的に自分の経験に即した話しか書かなかったために、「本人と同じタイプの投手しか指導できなさそう」と見切られてしまったためだろうか? だとしたら野球界にとって大きな損失だと思うのだが……。
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