2010年5月6日木曜日

川口和久、「投球論」:その3

<タテの投手>にこだわり続けた川口は、「ピッチングには、本線のボールと枝葉のボール」があるとした上で、自らのピッチングの基本パターンからその意図を説明している。

「初球は大体ストライクになるような変化球。初球はそんなに打ってこないという判断です。二球目はボールでいいから、バッターの打ち気を誘う。もしこの二球でカウント2-0になれば、もう一球ボール球で誘えます。1-1だったら、ストライクになる変化球」
「仮にはずれて1-2になったとします。ここでもし打者が外国人だったら、次は百パーセント小さな変化球です。外国人は1-2からは絶対にストレートを待ちますから、小さく曲がる変化球には必ずひっかかってくれます。日本人だったら、ストレートです」
「ここで大事なのは、このストレートを必ずインコース高目、いわゆるインハイ。この球で凡打に打ちとる。あるいは、もしファールでもされて2-2になったら、こう一球高目にストレートを投げて三振。あるいはカーブで三振」
「あのパターンの中で、一番かんじんなボールはどれでしょうか。すぐおわかりになると思いますが、1-2、あるいは2-2から投げるインハイのストレートです」(19~21頁)

つまり、本線のボールである“インハイのストレート”で打ち取るためにはどうすればいいか? そこから逆算してピッチングを構築しているということだ。なぜ、“インハイのストレート”にこだわるのかといえば、最も打者を打ち取れる可能性の高いボールであると同時に、川口自身の美学――フォーク、スライダーで打ち取るのではなく、ストレートとカーブを武器に三振を取り捲る――にかなうこともでもあったからだ。

決め球からの逆算のピッチングは、稲尾和久、牛島和彦らも持論としている「投手サイドの配球論」のスタンダードでもある。ただ、ピッチングの本線をインハイに置くという川口の考え方は、日本球界におけるピッチングのスタンダード――すなわち“アウトローのストレート”を基本にピッチングを組み立てる思想――とは正反対のものだ。

「大野さんや江夏さんの本線はアウトコースなんです。これはインコース本線のボクとは別の思想に生きているとしか言いようがありません。大変貴重なアドバイスをもらいました。大野さんはこう言ったのです」
「『川口よ、アウトコースっていうのは、コントロールだけでいいんだ。球の速さは要らない。だから、インコースを全力で投げるとしたら、アウトコースは七分くらいの力でいい。そのかわり、コントロールできるようにしたほうがいいよ』」(26頁)

ただ、ピッチングの幅を広げるためにはアウトコースの球も必要と考えているものの、江夏豊のように「困ったときはアウトコース」ではなく、とにかくインコース勝負という姿勢は変わらなかったようだ。

「たとえばバースとか、最近では巨人の松井秀喜のような強打者は、バットがボールをとらえるインパクトの瞬間に、バットを持つ両腕がパーンと伸びているんです。インパクトの瞬間に腕が伸びた形でバットをスイングするから打球に飛距離が出るわけです。~~中略~~強打者に対してインコースを攻める理由はここにあります」
「基本的にはインコースを的確に攻めれば、打者の腕が伸びないから打球は飛ばない。ホームランなんか打たせないぞ、というボールです」(23頁)

正直、牽強付会な論に思わなくもないが、不思議と説得力のある言葉でもある。確かに腕を伸ばしてフルスイングさせることは危険だろう。しかしホームランは、「ボールを力任せのスイングで遠くに運ぶ」だけでなく、「ストレートをタイミング良く弾き返す」ことでも打てる。インハイのストレートは、一流の打者であれば身体の反応でタイミング良く当てられるボールであり、スピードが速く反発力も高いことから当てれば飛ぶボールでもある。つまり、並みの投手のストレートであれば、完全に狙いを外さないと絶好球になってしまうということだ。

にもかかわらずこれだけのことが言えるのは、インハイのストレートに絶対の自信を持ち、実際に強打者を牛耳ってきたからなのだろう。一流の本格派投手だからこそ成立する理屈というべきか。
(つづく)

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