2014年10月9日木曜日

私家版・兵頭二十八の読み方:その28

「史上の人物が実際に考えていたことを忖度し、これを肉声化できる」 これが歴史研究家としての兵頭二十八師の“強み”なのだ――

といっても、こうした類の“強み”を持つ人々は、実の所少なからず存在します。代表的な例を挙げるなら、小説家上がりの歴史研究家でしょう。なかでも松本清張や井沢元彦氏は、その双璧といってもいい存在です。

松本清張は言わずと知れた社会派推理小説の大家にして、『昭和史発掘』『古代史疑』といったノンフィクションの歴史本を書いています。一方、井沢元彦氏は、週刊ポストで長く連載している『逆説の日本史』の著者です。いまでこそ歴史本しか書かない作家として名が通っていますが、かつては江戸川乱歩賞作家として、数多くのミステリ、歴史小説を書いていました。

こういった歴史好事家の魅力は、なんといっても「想像の飛躍による通説の打破」にあります。一例を挙げるなら、井沢氏による「天智天皇と天武天皇の非兄弟説」を下にした壬申の乱の新解釈でしょう。日本書紀を基に練られた通説を「資料至上主義」と一蹴したうえで、日本書紀成立の背景(=天武天皇による御用史書)という視点から、生没年の明らかでない天武天皇が、実は天智天皇の異母兄であったと論証。そのうえで、本来、天皇になれるはずのなかった賤しい血筋の天武天皇が、大友皇子から天皇の位を簒奪した経緯を糊塗するために、史書を編んだ――というハナシを展開している『逆説の日本史 古代怨霊編――聖徳太子の称号の謎』は、20年前、若かりし手前も大興奮しながら読んだものです。

しかし、こんな感じで歴史のエピソードを面白くまとめられる一流小説家の想像力と筆力というのは、歴史研究という点においては、短所ともなります。

基本的な歴史教育を受けておらず、一次資料をしっかりと読み込まずに書くと、想像力が暴走して無駄に面白いハナシを書いてしまうわけです。結果、松本清張の『日本の黒い霧』みたいな陰謀論とか、井沢氏の信長神格化みたいな歴史修正主義っぽいハナシのように、一つの“おとぎ話”としてはベラボーに面白いものの、史実をベースとしたハナシや論文として見ると、極めて残念なモノにしかならなくなってしまうという……。

この点、軍師には隙がありません。まず、小説家上がりの歴史研究家と違う点は、一次資料をしっかり読み込んでいることです。

「え!? なんでそんなことが断言できるの?」

と思われるかもしれませんが、手前がここまで言い切るには、ちゃんとした理由があります。その理由とは、『日本の陸軍歩兵兵器』『日本海軍の爆弾』の著者であるということ。三八式歩兵銃の評価を180度転換させた古典的名著である『日本の陸軍歩兵兵器』と、特攻作戦の持つ一種の合理性を丁寧に論証した『日本海軍の爆弾』は、いずれも膨大な一次資料を丹念に読み込まなければ絶対に書きようのない本だからです。実際、すべての項目に細かなスペックが記載され、それまでの研究者が見逃していた事実を掘り起こしまくっているわけですよ。内容だって誤解を恐れずに言うなら、ほとんど「1.5次資料」みたいなものですからね。軍学者として、こういう実績をしっかり残してきているところは、小説家上がりの歴史研究家とは明らかに一線を画している点といえましょう。

加えて、軍学者を名乗る以前は劇画原作者として名を成すべく、せっせとシナリオを書いていたという経歴があります。

以下、『ヤーボー丼』の著者紹介より引用

「私がこういう評論を書くのを快く思わぬ人達もいるでしょう。しかし、私に評論を止めさせたくば、ナイフもテッポーも必要ないんです。講談社、小学館、集英社、秋田書店…etcといったところのマンガ雑誌の編集部に、『今週の巻頭の作品は何だ。あんなものはすぐに打ち切って、兵頭二十八の原作で何か新しい連載を始めろ! 作画家は○○○[←ここにその雑誌で一番絵のうまい作家の名前を入れる]だぞ、いいな』という内容の手紙を書きましょう。ひとりが1社につき100通ぐらいは出してください。その甲斐あって週間で16ページ、月刊で32ページ以上をコンスタントに貰えるようになったら、もうその日限りでこんなアルバイト、即止めますよ。ホントーです。あっ、そうだ、Vシネマの脚本もやりますので、ヨロシク!!」

このように茶化して書いていますが、劇画原作者or脚本家を目指して日々精進していたことや、M16を持った殺し屋が主人公の劇画原作とか、気象予報士が主人公の劇画で単行本にもなった『ヘクトパスカルズ』の原作をやっていたことは、古くからの兵頭ファンであれば誰もが知っていることです。

であるからこそ、膨大な一次資料から読み解いた史上の人物を、劇画原作の手法を応用することで一キャラクターとして捉えなおせる。そのうえで史書に書かれていない声なき声を代弁できるのではないか? というのが手前の考えです。

劇画原作者として修行した経験と、(少なくとも)大東亜戦争における帝国陸海軍について研究者以上の仕事を成し遂げたという実績――この2つのユニークな経歴があるからこそ、クラウゼヴィッツや孫氏(と注解者)、宮本武蔵といった史上の人物の肉声を再現できるのではないかと。

……って、今回のハナシは、今回発売された文庫とは全く関係のないモノになってしまいました。が、かねてからボンヤリと考えていたことを、ひとまずカタチにすることができた――というか、こういう本と関係のないハナシは、新刊の紹介では中々出来ませんからね――ので、個人的には大満足です。

ともあれ、今回文庫化された『日本人が知らない軍事学の常識』と、先に文庫化されている『日本国憲法廃棄論』の2冊を精読すれば、兵頭流軍学の半分くらいはマスターできるので、「これから兵頭流軍学を修めよう!」という立派な心意気を持った方は、是非、ポチってください。

ともあれ手前は、韓国は仏像を返還すべきであると思う。








2014年10月8日水曜日

私家版・兵頭二十八の読み方:その27

兵頭二十八師の新刊文庫『日本人が知らない軍事学の常識』が発売されました。この本については、新刊発売時に上梓したエントリで全て書き尽くしているので、「どういう本なのか?」について知りたい方は、以下のエントリを参考にしてください。

軍師にとって初めての軍学入門書『日本人が知らない軍事学の常識』
私家版・兵頭二十八の読み方:その16
私家版・兵頭二十八の読み方:その17

さて、今回の文庫化にあたっての目玉といえば、「付録 著者による旧著の解題」です。385頁から403頁までに取り上げられた著書は――

・大日本国防史――歴代天皇戦記
・新解 函館戦争――幕末箱館の海陸戦を一日ごとに再現する
・あたらしい武士道――軍学者の町人改造論
・陸軍戸山流で検証する 日本刀真剣斬り
・新訳・孫子――ポスト冷戦時代を勝ち抜く13篇の古典兵法
・予言・日支宗教戦争――自衛という倫理
・日本人のスポーツ戦略――各種競技におけるデカ/チビ問題
・名将言行録――大乱世を生き抜いた192人のサムライたち
・人物で読み解く「日本陸海軍」失敗の本質
・新訳・戦争論――隣の大国をどう斬り伏せるか
・東京裁判の謎を解く――極東国際軍事裁判の基礎知識
・比べてみりゃわかる第二次大戦の空軍戦力――600機の1/72模型による世界初の立体比較!
・精解・五輪書
・極東日本のサバイバル戦略

――の14冊。過去の著作についてあまり言及することのなかった兵頭師が、「オレはこういう意図でコレを書いたのだ」と、ガンガン語っているので、これはもうファン必読です。

で、今回の文庫について……と、書こうと思ったのですが、実のところ解題を読んでいて、かねてから考えていた「歴史研究家としての兵頭師の“強み”」について、改めて思うことがありました。というわけで文庫の紹介は過去のエントリにまかせ、今回は手前が考える兵頭師の“強み”について書いていこうと思います。

*念の為に言っておきますが、兵頭師の歴史研究家としての側面は、安全保障を軸にあらゆることに通じている軍学者としての一面に過ぎません。もっと砕けた言い方をするなら、「持ち芸の一つ」ということ。

以下、解題にある一文を引用します。

『一事が万事で、旧来の『五輪書』の解説書は、ほとんど冒涜的なまでに、武蔵の「肉声」の再現に失敗している』
『クラウゼヴィッツがジョミニを強く意識しながらその名をほとんど出していないため『戦争論』が後代の読者にとって難解となったように、また山本常朝が柳沢吉保の出世をいたく羨望しながら「赤穂浪士義挙」を聞いて『葉隠』を書いたという個人事情を察しないとわれわれにとって危険であるように、武蔵が強く意識しながらもわざと名を上げていないことの数々(その出世を最も羨まれた柳生家から、「大工の大名」だといえた中井大和守正清に至るまで)が、細かく注釈される必要があるのだ』(400頁)

そうこれ。歴史研究家としての兵頭師の“強み”は、「史上の人物が実際に考えていたことを忖度し、これを肉声化できる」ことにあるんですよ。
(つづく)

ともあれ手前は、韓国は仏像を返還すべきであると思う。