広岡達朗の人生の絶頂期はいつだったのか?
巨人で新人王をとったとき?
ヤクルトを初の日本一に導いたとき?
西武を日本一に導き、啓発本『意識革命のすすめ』でベストセラーを飛ばしたとき?
いろいろ意見があるだろうが、手前の見方は「サッポロドライのCMに出てたとき」。1988年。在野の名将として「次期巨人監督」の地位が目の前にあったこのときが、広岡の人生にとっての絶頂期だったのではないかと考えている。そんなときに上梓されたのが『勝負の方程式』だ。
悪名高い「食事管理」は第1章のトップで取り上げられいる(20~37頁)。いかにスポーツ選手にとって日々の食事を管理することが重要かを力説したうえで、以下のような提言をしている。
曰く、デンプン中心、穀物中心の食事が健康とスタミナ向上のカギ
曰く、たんぱく質は40~80gとれば十分
曰く、スポーツドリンクより冷たい水が効果的。運動中には消化機能が極度に低下するから塩分、糖分を摂ってもすぐに役には立たない
曰く、アルコールの益と害とを相殺すると遥かに害が多い
いまから見れば間違っている知見も多いが、広岡以前は「焼肉、寿司、焼肉、ステーキ、すきやき」という食事が当たり前だった――古いOBの本や新聞記事を読むと限りなく真実らしい――だけに、これを正す意味で思い切り舵を切ったという側面もあったのだろう。いまではどのチームも栄養バランス(先進的なチームは年齢別の献立も)を考えた食事を提供している。
この「食事管理」の話を除くと、本書にはそこまで面白いエピソードが書かれているわけではない。野村克也の本のように具体的な戦術、配球などに関する解説はほとんど書かれていない。全編が野球(西武での成功例)をダシに「基本が大事」「心が動いて体が動く」という広岡の主張を裏付ける話で占められている。
「監督の用兵や選手育成法には、それほど特異なものはない。ゲームを勝利に導くプロセスは、選手の技術やレベルやゲーム展開など、そのときそのときで千差万別だが、野球に限らず、勝負には必ず定石、つまり方程式というものがある」
「どのようにしたら勝てるか、どのようにしたら選手を育成できるかといった理念的なことは、結局のところ、誰が考えても大差はないということである。本書を読んだ読者も、『こんなことは当たり前だ』と思った箇所が多かったかもしれない」(320頁)
このように広岡本人も「そんな画期的なことは書いてませんよ」と認めている。
が、広岡のこの言葉は謙遜ではない。「オレの言うとおり『小さな妥協』を許さず、反復練習を徹底的にさせて、選手全てに『心が動いて体が動く』の境地を理解させれば、どんなチームでも勝てるんだよ!」という強烈な自負心の発露を見るべきだろう。弱小チームだったヤクルト、西武を日本一に導き、ポスト王の最右翼であった人生の絶頂期。“球界最高の名将”と持てはやされていた頃の広岡の気持ちが素直に出ているかのようだ。
面白いエピソードがないとっても、読みどころが少ないというわけではない。
・野球は堅実な守りがあって初めて成立するスポーツだ
・投手交代は投手本人に相談するな
・選手はケガを監督、コーチに隠すな
・抑え投手にはチームで一番優れた投手をあてよ
・優勝の目標のないチームづくりは不可能
こうしたことは、ある程度野球観戦しているファンにとっては自明のことだ。しかし、野球を知らない人にとっては「セオリーを知るためのガイドブック」として重宝することだろう。
個人的に一番興味をひかれたのは、打撃について述べている箇所だ。
「私は、打撃の基本は、内角へ投げ込まれるボールに対する恐怖心を克服することであると考える。~~中略~~ガリクソンは『バッターに恐怖心を植えつけることができるかどうかでピッチャーの勝負は八割方決まる』と述べているが、まさにその通りだと思う」
「内角のボールを処理できるようになれば、ストライクの球の四分の三は打つことができる
「(身体の当たるくらいの内角にゆるいボールを投げ、これを打たせる練習をさせたうえで)ボールは怖くないという自信がついたところで、今度は、どうしたらバットでボールを捕えるかということについて、バッティング・コーチや専門家のアドバイスを受けるようにさせた」(276~277頁)
どの選手、OBも「内角打ちは大事」というものの、その重要性をここまで強調しているのは広岡と落合博満くらいだろう。具体的な練習方法まで明示しているところ(誰にでも出来て有効性が理解できるところ)も素晴らしい。巨人の大田泰示選手も、広岡の下で修行をすれば、大打者へと変身できるのかも知れない。
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