2010年6月21日月曜日

愛甲猛、「球界の野良犬」:その1

愛甲猛の自伝『球界の野良犬』(宝島社)は、ここ10年で読んだあらゆる野球人の自伝のなかで最も面白かった本だ。典型的な“オレさま語り”の本で、技術論もためになる話も泣かせる話も一切ない。しかし、その内容は濃密で明け透けで、なにより腹の皮がよじれるほど面白い。構成自体は「貧乏だった幼少期」「荒れていた少年期」「甲子園を目指した球児時代」「いろいろあったプロ時代」「失踪騒動」が時系列に並ぶオーソドックスな自伝だが、それぞれの章が一冊の本になるほど内容がみっしりと詰まっている。

大雑把に言うと――

・中高生が最もファンキーな形で荒れていた70年代後半(不良本&キャラでお馴染みのゲッツ板谷氏とほぼ同世代)にワルの中のワルとして生きた「やんちゃ本」。

・太田幸司から始まりサッシー、バンビと過熱化する一方だった“甲子園のアイドル路線”(その頂点が2歳年下の荒木大輔)に乗せられた球児の壮絶な青春時代を綴った「甲子園本」。

・投手として芽が出ないまま鬱屈する日々のなか、落合博満からバッティングの手ほどきを受け、535試合フルイニング出場というパリーグ記録を残すまでに成長する「プロ野球選手のオレさま語り本」。

・麻薬、女、スパイ野球に、賭博、八百長、ドーピング、知られざる名選手の横顔などを綴った「球界事情暴露本」。

――という、それぞれ一冊の本になるだけのテーマが凝縮された本ということ。

こういうと、映画版『デビルマン』のように駆け足でエピソードを追っかけているように思われるかもしれないが、そうしたことは一切ない。エピソードの取捨選択が上手く、どうでも良いものは省き面白いものは異様に細かく描写しているため、全編通して読み応えがあり、かつメリハリが利いているため良いリズムで読めるようになっている。一冊の本としての完成度も結構高いところが素晴らしい。

こうしたエピソードを描写する文章も特徴的だ。恐らくは全体の構成、執筆はゴーストライターが手掛けているものと思われるが、かなりの部分で愛甲本人が手を入れているのだろう。

「仲間と山中で吸った瞬間、目の前に高層ビルが建った。逗子の山に新宿副都心のようなビルが乱立するのだ。中でもボンドは強烈で、膨らませたビニール袋の上に小人が立つ。ぴこっと立った彼が『もうすぐだよ』と知らせてくれる。それが幻覚の始まりだった。やがて目の前には海が現れ、人の波が押し寄せてくる」(22頁)

このように経験した人間でなければ絶対に書けない描写や、

「そういえばこのころ、横浜スタジアムで巨人軍のトレーナーに診てもらったとき、監督だった長嶋茂雄さんと初めて会った。
「『愛甲君、良く来たね。野球はどう、おもしろい?』」
「こんな言葉をかけると同時に、長嶋さんは大きな屁を放った」(46頁)

「『ロン』と発して牌を倒そうとした瞬間、」
「『上がれるもんなら上がってみろや』」
「ドスの利いた声を聞き、45度に傾いた13牌を慌てて戻した。プロ生活でもっとも指先に力がこもった瞬間だった」(103頁)

という、所々で挟み込まれる笑いのポイントなどは、ゴースト任せでは出せない“味”ではないだろうか。

いつものペースで本文を引用していると全ページ引用になってしまうことが確実なので、今回は「プロ野球」と「落合」に関する部分を中心に紹介することにしたい。
(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿