副題に「現代野球で最も複雑で難しいポジション」とあることから、同書の一番の読みどころは、「第2章:セカンドという選択が今の自分を作った」で語られているセカンド守備に関する解説と思われるかもしれない。実際、大幅に間違っているわけではないし、現役選手が書いたものとしては抜群にわかりやすく面白い内容であることは確かだ。しかし、本当に面白く読み応えがあるのは、「第3章:ホームランより価値のあるポテンヒットがある」で語られている、金森栄治の指導内容(以下、<金森打法>)だろう。
現代プロ野球で最も優れた打撃コーチの一人である金森だが、彼自身は野球本を出していない。また、指導されている選手――代表的な選手は和田一浩選手、城島健二選手、アレックス・カブレラ選手。その他、西武、ロッテ、ダイエーに熱心な信奉者がいる――のほとんどが現役であるため、彼らの口から具体的な指導法が語られることはなく、具体的にどのような指導をしているのか? なぜ、<金森打法>で打てるようになるのか? については分からない点が多かった。
そんな謎の多い<金森打法>の一端を、昨日紹介したような見事な語り口で明かしてくれているのだ。野球ファンであれば、読まずにはいらなれない内容といえよう。
「『カブレラや和田さんは、どうしてあんな後ろにティーを置いて練習するんですか?』」
「アレックス・カブレラ選手と和田一浩選手のティーの位置がかなり後ろ寄りだったことを思い出しながら金森さんに質問すると、逆にこう聞かれた」
「『お前はティーをどこに置いてるの?』」
「『いや、普通に左腰の前くらいに置いてます』」
「僕がそう答えると、金森さんは我が意を得たりという顔になった」
「『だからダメなんだよ。お前みたいな選手こそ、もっと後ろで打たなきゃ』」
(92頁)
なぜ、ティーを後ろに置くのか? 一言で言えば「引き付けて打つ」ためだ。その必要性、理論的根拠については同書に譲るが、一点だけ井口選手自身の独自の視点を紹介したい。
「内野手にとって苦手な打者というものがいる」
「たとえば、僕にとって和田一浩さんがそうだった。(中略)彼の打球は、何でもない内野ゴロでも、捕るのが難しい。打球に癖があるわけではない。ボールをミートするタイミングが遅いのだ。それはつまり、普通の打者よりも後ろで球を打っているということになる」
「もちろん後ろとっても、その差は数十センチに過ぎない。(中略)タイミングの差は0.01秒でしかないが、その0.01秒が守備においては極めて重要な意味を持つ」
「これも感覚的な話だが、内野手はバットにボールがミートした瞬間に打球が飛ぶ方向を予測して動き始める。(中略)陸上競技の短距離走と同じで、スタートのピストルがドンと鳴るのを聞いてから動き出したのでは遅い」
「ところが和田さんのバッティングは、そのドンが一瞬遅れる。そして次の瞬間には、打球が自分の2メートル右を飛んでいく。あるいは左に飛ぶと予想して動き出したのに、右へ飛んでいく。金縛りに遭ったように、動けなくなる。つまり裏をかかれるわけだ。そういうことが何度もあった」(100~101頁)
このほかに引き付けて打つメリットを2つ挙げているが、それについては同書を読んでもらいたい。ただ、全編この通りに素晴らしくわかりやすい喩えと説明を駆使して、誰にでも分かりやすく<金森打法>の真髄を明かしているのだ。
そのうえで、<金森打法>が絶対的な武器でもないことを弁えているところが、他の野球本とは違うところだ。デッドボール、調子が良い、打てるようになってマークされる……あらゆるファクターがバッティングの良し悪しに影響することから「バッティングフォームに完成はない」としたうえで、このように語っている。
「球を引きつけて打つバッティングに開眼して、野球人生ががらりと変わったという話ではまったくないのだ」
「ひとつだけはっきり以前と違ったのは、迷わなくなったということだ。引きつける打法が自分という野球選手に合った、自分本来のバッティング・スタイルであり自分の軸なのだ。調子が悪くなったら、その軸に戻ることを考えればいい」(107~108頁)
ここまで達観できた理由には、第1章で語られている「無責任なOBからの指導」「自分に合わないコーチの指導」で迷いに迷ったことや、ホームラン狙いのバッティングで自分のスタイルを見失った経験があってこそなのだが、現役バリバリで自らのスキルに多大な自信を持ちながらも、このように振り返られることこそが井口選手の強みであり“精神的才能”なのではないだろうか。
(つづく)
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