2010年12月4日土曜日

井口資仁、「二塁手論」:その1

◆目次
・第1章:「盗塁」という具体的な目標がすべてを変えた
・第2章:セカンドという選択が今の自分を作った
・第3章:ホームランより価値のあるポテンヒットがある
・第4章:メジャーで学んだ組織における行動理論
・第5章:成功の鍵は、一見地味で目立たない場所に隠されている

同書は、今年数多発刊された野球本の中で最も面白かった本だ。大晦日までにいくつかの野球本が発刊されるだろうが、それでも「2010年ベストワン」の地位は揺るがないだろう。なぜなら現役選手が書いた本としては、ここ数年で最も面白かった本だからだ。

内容自体は、自伝と技術ごととオレさま語りがない交ぜになった“正統的な野球本”で、本来ならファン以外には面白くもなんともないものだ。しかし、つまらないパートである自伝(アマ時代の回顧)を3ページで収め、残りのほとんどを技術ごと(教訓話も多いが、そのほとんどで技術的な話を織り交ぜている)で占めているため、ボリューム以上に読み応えがある。そのうえ技術ごとの解説がわかりやすい上に存外深く、他では中々読めない類のものなのだから、野球ファンであれば面白くないわけがない! と、声を大にしていいたいくらい良く出来た野球本なのだ。

どのくらい技術ごとの解説が素晴らしいのか? ひとつ例を挙げよう。

「キャッチャーミットに投げるか、それとも牽制球を投げるかは2つにひとつ。セットポジションで構えたピッチャーが球を投げるまでは、二股にわかれた道のようなものだ。キャッチャーミットへ投げる道と、牽制をする道が2つにわかれる場所があって、そこを越えてしまえばもう後戻りはできない。ランナーが走ったことに気づいても牽制球は投げられないというポイントがある」
「ピッチャーはもちろん、そのポイントがランナーに見分けられないように最後のぎりぎりまで同じフォームで投げようとするのだが、実際問題としては、同じフォームで投げているつもりでも、たいていはどこかにほんのわずかな違いがある」
「キャッチャーミットに投げるのとファーストミットに投げるのとでは方向が90度違う。それを同じフォームで投げようとするのだから、ピッチャーはかなりの緊張を強いられる。その緊張が小さな癖になって表面に現れてくる」
「たとえば、セットポジションの静止状態から、投球のために動き出すその最初の動きで、打者に投げるのか牽制かがわかってしまうことがある。肩が最初に動けば牽制で、頭が最初なら打者に投げるというように」
「モーションを完璧に盗むというのはそういうことで、ピッチャーが動き始めた瞬間に走り出せる。立ちつくしたまま二塁への送球を諦めるキャッチャーを見るのが、いちばん爽快で、完璧な盗塁だ」(34~35頁)

少々長い引用だが、全てを引用したくなるくらいに見事な文章だ。もちろん構成を担当したライター(石川拓治氏がクレジットされている)の腕もあるのだろうが、それでも井口選手自身の野球・盗塁に対する深い理解と、感覚的・抽象的なものの多い技術ごとを素人にもわかりやすく解説できる説明力がなければ、こうまでわかりやすくは書けないだろう。とりわけ牽制と投球に関する“帰還不能点”の喩えや、そこから流れるように展開する癖の見分け方についての説明は、これまでに読んだあらゆる野球本のなかでもトップクラスのわかりやすさだ。
(つづく)

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