2010年12月25日土曜日

<絶版兵頭本>紹介@『日本のロープウェイと湖沼遊覧船』:その4

◆滋賀県
・釈迦岳:「釈迦岳・比良索道リフト」は、今回の取材でベストワンの「特殊索道」で、誰にも推薦できる。夏山観光リフトの中で最高に楽しめた。経路が適度な長さ(片道13分)、深い谷を何度か越え、尾根を数度越え、傾斜が数度変わる。高度が上がるにつれ、シダ植物の世界から選任の清遊する境界に連れて行かれる。振り返ると琵琶湖だ。

・賤ヶ岳:賤ヶ岳七本槍が有名だが、実際に具足をつけて長槍を担いでこんな急な山の中を機動できるはずはないと、現地に来れば誰にでも実感できる。いまのように登山道が整備されていたとしても、集団で整斉としたかけひきはまず無理だったろう。よって、たとえれば、数百人の猟師と数百頭の熊のにらみ合いが、あたり一帯の藪の中で広範に進行したのだと私には信じられた。

◆静岡県
・日本平:都道府県の持つ観光資源の「有望さ」は、そこに現在稼動している旅客索道ならびに遊覧船の数に比例する――という“法則”が、今回の取材で見えてきた。静岡県には存外に索道が多くてびっくりした。主なものを見て回るだけでも4~5日は必要だろう。

・熱海:昭和9年の「丹那トンネル」の開通までは、東京からの鉄道の終点だった。つまり、近代交通的にはフロンティアライン上の、不便な温泉場だった。これと共通した土地環境を、昭和前期以前の日本の作家たちは常に求めてやまず、好んで小説の舞台に見立てようとした。近代交通上のフロンティアラインの消失と、支那事変の大動員で日本人の共有できるフロンティアが一挙に国外に拡張されたのは、ほぼ同時期のこと。爾後、日本人作家が落ち着いて小説などを考えられる静止空間は、どこにも探せなくなった。なお、「秘宝館」は、昭和32年以前の「歓楽地」の残滓であって堕落でも何でもない。

◆栃木県
・丸山:索道は静かな輸送機関なのだから夜間にも運行できるのではないか。また、こんな山の中にこそゲームセンターがあったらいいと思っている。つきあいで温泉場にやってきた精神的に若い元気な客の中には、旧態依然な山間の温泉街の退屈さに閉口している人が必ずいるのだ。この客層に退避場というか、暫時の居場所を与えてやることができるだろう。

◆長野県
・横岳:奈良朝いらい日本の修験道者の過半が、誰も踏み入ったことのない奥山の大自然の奇観を自分だけが見たというその体験を、里に降りては誰彼かまわず吹聴せずにおれなかった。大多数の山伏はすでに俗人だった。近代日本の登山者も同じく俗人。ここを誤解していると、日本の自然破壊は止めどもないだろう。

◆山形県
・蔵王山:なぜドル箱の観光地になり得ているのか? その理由は暑さにあるのではないか。山形市はフェーン現象の起きる内陸の盆地だ。梅雨前半からちょっと晴れると、その日の気温がすぐに上昇して30℃を超える。普通、フェーンの空気は乾燥しているのだが、山形市のはなぜか湿っている。体感上での耐え難さは相当なものだ。この汗だくの山形市からバス代860円で行ける場所に、確実に5℃は温度の低い温泉高原があり、そこから数千円を出してロープウェイに乗れば、市内よりも10℃は低くなる。まことに幸運な暑すぎる町と寒すぎる山のコンビネーションではないか。しかも山の中腹に温泉があったことで、古くからの山岳信仰とレジャーが直結できた。
(都築注:兵頭師は、自ら原作したマンガ『ヘクトパスカルズ』で、フェーン現象を扱ったサスペンス「File3:予報の鉄人」を書いている)



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