2010年7月23日金曜日

清原和博、「反骨心」:その4

「ただ、この身体は僕だけのものではなかった。両親が産んでくれたものだ。自分だけの意志で決めるわけにはいかない。だから、母親に電話して確認をとった。もちろん、なぜタトゥーを入れるのかという理由も告げて……」
「だが、母親の答えは『それだけは勘弁や』」
「『タトゥーなんて入れたら、私が死ぬ』と泣き叫んだ。そういわれては、さすがの僕でも強行するわけにはいかなかった」(24頁)

「僕は受話器の向こうの母に、つい弱音を吐いた」
「『おれ、明日スタメンで出るんやけど、バッティングの調子がよくないんや……』」
「すると、母はいった」
「『なにとぼけたこというてんの! あんたのフォーム、テレビで見ているとすごく小さくなってるよ。三振したってええやないの。高校のときのように、思い切り振りなさい』」(75~76頁)

「僕を目覚めさせたのは、母親のひとことだった。母親は僕にこういった」
「『いつまでメソメソしてんの! あんたが勝手に巨人を好きになって、勝手に振られたんだから、いつまでもピーピー泣くんじゃない。悔しかったら、西武で活躍して、巨人に『清原を獲っておけばよかった』といわしてやったらええねん! 見返してやり!』」(125頁)

「そして、それを聞いた母親がいったのだ」
「『あんたはジャイアンツに行くべきだ。ジャイアンツに対するうらみつらみからタイガースに行っても、同じことの繰り返し。あんたの野球人生、ずっと憎しみのなかで終わることになるよ。ジャイアンツが勝っているのを見て、また泣かなあかんことになる。ドラフトのことは謝ってくれたじゃないか。あんたはジャイアンツに行きたかったんでしょう。だったら、周りがなんといおうと、自分の『夢』を貫きなさい』」(152頁)

上から順番に、「巨人時代末期に不退転の決意を示すべく刺青を入れようとしたとき」「新人時代、バッティングに悩んでいたとき」「ドラフトで西武に指名され入団を悩んでいたとき」「FAで巨人に行くか阪神に行くか悩んでいたとき」に、母親に電話で相談した際の回想だ。このように清原がプロ生活の岐路で悩んでいたとき、最後に頼みとしたのは母親だった。

未成年だったドラフト時や新人時代に母親へ悩みを打ち明けるのは良いとしても(個人的にはどうかと思うが)、その後のFA時、巨人時代晩年のときに相談するというのはいかがなものか? 当時の年齢はそれぞれ29歳、38歳である。いい大人がやることではないだろう。

これをもって「マザコン!」と指弾したいわけではない。母親を慕うこと自体は別に悪いことではない。問題は「人生の岐路を自分自身で決断できない」「重い決断を下すときに、母親の一言を必要とする精神構造」にある。より踏み込んでいうなら、「自分の人生を他人(母親)任せにしている」ということだ。

このようになメンタリティの持ち主は、自分にとって都合の悪いことがあっても、自分の腹一つで飲み込めず、何かのせいにしてしまうものだ。

西武時代、深刻な不振に陥っていた1991年のシーズンについて、清原はこのように回想している。

「よくいわれるように、もともと僕はホームランバッターではない。岸和田リトルの栄川監督からつねにセンター返しをするよう教えられたこともあって、『右中間に飛ぶホームランはセンター返しの延長戦。センター返しこそ、最良のバッティング』だと考えていた。ホームランは、ヒットの延長だと思っていたのだ」
「ところが、先ほど述べたように、周囲はそれでは許してくれず、ホームランを期待した。先輩の秋山さんや渡辺久信さんを押しのけて一億円プレーヤーになっただけに、その期待はさらに高まっていた」
「『1億円の期待に応えなければ……』」
「そのプレッシャーがあらためて僕を襲っていたのである」(141~143頁)

つまり、「四番としてホームランを期待されるプレッシャー」「先輩を押しのけて一億円プレーヤーになったプレッシャー」に負けてスランプに陥ったということ。何の衒いもない実に素直な回想――といえばそれまでだが、それにしても一流のプロ野球選手だった男が言う言葉ではないだろう。

一流~超一流選手の自伝で、「プレッシャーに負けちゃったのよ」と回想しているものは99%ない(99%としているのは、手前が世に出ている全ての野球本を読んでいるわけではないためで、手前が読んだ数多の野球本の内容を思い返す限り、こういう情けないことを告白している自伝は一冊もない)。自伝という、ある程度“ええかっこしい”のウソが許される本で、自らの不甲斐なさをプレッシャーのせいにしてしまう――「これほどに大きなプレッシャーだから押しつぶされたんよ。決してオレの実力が足りなかったわけじゃないんよ」という自己弁護する――ハートの弱さこそが、清原の弱点だったと思うのだ。
(つづく)

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