2011年1月25日火曜日

*読書メモ:なぜうつ病の人が増えたのか

・98年は日本にとって「自殺元年」とも言うべきエポックメイキングな年。不景気により年間自殺者がはじめて3万人を突破した。しかし、98年にはうつ病患者は増えておらず、抗うつ薬の売上高も全く増えていない。うつ病患者が増え始めたのは99年以降のこと。抗うつ薬市場の急拡大も同じ。わずか2年のタイムラグだが、ストレス仮説で説明しきれるものだろうか?

・自殺者グラフは失業率と対応している。自殺者数は02~03年を頂点として、失業率の改善とともに減少している。一方、うつ病患者数は99年以降、右肩上がりで増え続けている。つまり、自殺者数は経済状況を強く反映しているといえるが、うつ病患者数との相関関係については明確なものが見えないということ。

・では、99年に精神科領域において何があったのか? SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が日本で初めて導入されたのだ。これ以降、抗うつ薬市場は170億円前後から1000億円規模にまで急拡大。うつ病患者も右肩上がりで増えてきた。

・SSRI上市後の抗うつ薬市場の拡大とうつ病患者の急増は、SSRIを導入した全ての先進国でもれなく起きていることで、極めて再現性が高い事象といえる。英国の例では、失業率が増えても抗うつ薬処方量は変わらないものの、SSRI上市後は失業率が減っても抗うつ薬市場が急拡大するという状況になっている。

・アイスランドは、目下のところ世界一抗うつ薬が普及した国だ。国民14人に1人が抗うつ薬を処方されている(日本は2003年のデータでも1000人につき13人程度)。世界的にうつ病は啓発活動不足と言われているが、アイスランドには当てはまらない。

・しかし、これだけ多くの国民が抗うつ薬を飲むようになっても、入院回数、外来診療といった指標において大きな改善が見られていない。日本の5倍まで抗うつ薬普及率を高めた国が、マクロの数字だけを見るとその効果が変わっていないのだ。抗うつ薬がうつ病を早く回復させ、QOLを高め、自殺率を減少させるのであれば、世界一抗うつ薬服用率が高いアイスランドでは、もう少しうつ病の統計指標が改善されてもよいのではないか?

――ちょっと前に話題になっていた本だが、ようやく図書館の予約順が回ってきたので読了。評判通りの面白さ。何より感情的にならず、淡々と筆を進めているところが良い。こうした類の主張は、膨大なデータの使い方次第でいかような結論も導き出せる――実際、メーカーサイドの反論は『サンキュースモーキング』の主人公並みに手際が良い――だけに、まかり間違えば陰謀論にも受け取られかねない危険性があるが、同書で用いられているデータはごくごく基本的なもので、都合良く曲解しているところが少ない点に好感が持てた。99~00年にかけてのSSIR上市の状況と啓発活動の裏側、高薬価品の登場と市場拡大の相関関係などは、当時、医薬品業界に関わる仕事をしていた者として言わせてもらうなら「99.9%真実」。この辺の実態を手軽に知りたい人にとっての“入門書”としても良く出来ている。



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