2011年1月11日火曜日

『食堂かたつむり』に言いたいこと:その3(食と調理)

『食堂かたつむり』の「時系列」「場所」を整理した上で、いよいよ個別の問題に突っ込んでいきたいと思います。まずは、食品と調理技術の扱いについて。

「もらわれてきた時も三キロちょっとで、通常の子豚よりかなりちいさかったらしい。そのままでは食肉センター送りになってしまうところを、寸前でおかんが譲り受けたのだった」(56頁)
→豚の離乳時(生後30日前後)の体重は7~10kg。この時点で極端に育ちが悪く体重が3kg程度しかなかったことはあり得る。ただし、食肉として出荷するのは生後180日後、体重100kg前後になってからで、それまでは飼育する(そうでなければ費用対効果が悪すぎるため)。よって離乳直後に食肉処理されることはない。

「なによりも、西側の壁をぶち抜いて一面ガラス張りにしたので、料理を作りながら美しい光に包まれることができる」(64頁)
→真夏の直射日光は壁を40~50度にまで熱する。結果、キッチン内は四六時中熱がこもるようになり、衛生上の問題から、事実上、ナマ物の加工はできなくなる(食堂内に薪ストーブを設置した描写はあってもエアコンを設置した描写はない)。よってキッチンをこのように改悪する意味はなく、極めて不自然な描写といえる。

「私は、野生の熊に先取りされる前に、山ブドウの実を収穫することにした」(71頁)
→国有地、私有地に限らず無許可採取は森林窃盗罪(森林法197条。三年以下の懲役または30万円以下の罰金)に問われる。作品中で地主に断りを入れている描写はゼロ。なお、こうした無許可採取の場面はその後も頻出している。

「羊の脂は融点が低いので後味がさっぱりし、いくら口に入れて噛んでも、飲み下した数秒後にはふぅっとそよ風にさらわれるように姿を消してしまう」(98頁)
→羊の脂肪はあらゆる食肉の中で最も融点が高い(松尾ジンギスカンのサイトより)。このことは一度でもジンギスカンパーティをすれば誰にでも理解できる。パーティが中弛みしたときの取り皿には、ほとんどの場合、ジンギスカンのたれの表面に固形化した羊の脂肪が浮く。パーティたけなわの時は、頻繁に肉(熱源)を取り皿に入れるため、たれの温度が高く脂肪も溶けているが、少しのあいだでも取り皿に肉(熱源)が供給されなければ、羊の脂肪が速やかに固形化するためだ。焼肉では取り皿の脂肪は溶けっぱなしだが、ジンギスカンではそうではない。こんなことは、羊肉を調理する人間にとって基本以前のことだ。

「私は、フランス料理店での修行時代を思い出し」(114頁)
→イタリア料理や中華料理ではどうあれ、フランス料理で2年前後の経験――最も長続きしたのがトルコ料理店の5年。都会に出て数年間大手コーヒショップで就労していたという記述があることから、フランス料理店での就業年数は2年前後と推定される――しかないアルバイトが、調理を任されることはほぼあり得ない。

「私は、ビスケットの材料となる、植物油、砂糖、胡桃、全粒粉、水を両手で混ぜながら、ウサギの過去に思いを馳せた。(中略)私は一瞬、自分が寝ている間に落としてしまったのかと思った。けれど、そうではなかった。やはり、ビスケットはウサギが口にしたのだ」(148~153頁)
→砂糖と植物油、胡桃を入れたハイカロリーなビスケットは、ウサギには絶対に与えてはいけないエサ。人間に広辞苑サイズの固形バターを食べさせるようなもので、直接的な毒物ではないものの、確実に健康を悪化させる。作品中では主人公が「日常的にこうしたエサを食べていたに違いない」と推理しているが、いうまでもなく間違っている。

「初めてだったけれど、生ハム作りにも挑戦した」(227頁)
→4月下旬に解体して6月に出荷したと仮定した場合、「ピチットシート」や乾燥機などを使って人為的に乾燥させなければ食べられるモノにはならない。そもそも高温多湿な日本で、これから梅雨に入るという時期に生ハムを仕込むこと自体が非常識。また、解体は屋外で行っていたが、無菌状態で作業を行っておらず、豚にも抗生物質を与えていないため、高い確率でボツリヌス菌感染を引き起こすものと考えられる。

以上は、現実世界をモデルとした作品ならば明らかに不適切な表現です。例えば羊肉の脂肪の融点が、一般に食べられているあらゆる食肉の中で最も高いことは明らかな事実であって、この事実を曲げるのであれば、何らかの作品内理論――例えば、実は舞台がタトゥイーン星で、そこに生息する羊の脂肪の融点は26℃とかいうSF設定など――が記述されていなければならないでしょう。作品の色調はファンタジーであるものの、現代日本を舞台にしていることは明らかなわけですから、この点をリアリティの基準に置くのであれば、上に列挙した表現は全て不適切であり、校正段階で手直しが入るべきポイントだと思います。

追記:というか著者は本当に自分で炊事をしたことがあるのか? 料理店に取材に行ったことがあるのか? 柴田書店の本と『HEAVEN?』を100回読み直せ!

追記その2:【ニコニコ動画】インテルのCMが凄すぎる件。これは本当に凄い。現時点で世界一スタイリッシュな映像かも。







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