「どんな話にも3つの側面がある。相手の言い分、自分の言い分、そして真実。誰も嘘などついていない。共通の記憶は微妙に異なる」――とは、映画プロデューサーであるロバート・エヴァンスの言葉。自伝映画である『くたばれ! ハリウッド』の冒頭に流れるメッセージで、これを免罪符に「ボブにとっての真実(これが一々胡散臭く面白い)」を写真と語りで綴っていたものだ。
さて、プロ野球選手の自伝は数多くあるが、多くの場合、そう面白いものではない。一歩引いて見れば、野球が上手いだけのおっさんによる“オレさま語り”でしかなく、ある意味、ヤンキーの「オレも昔はヤンチャだったけどさぁ」という類の与太話と同じものだからだ。
加えて、少しでもイイ人に見せようと言葉を飾ってしまったり、ライターにまかせた結果、妙にこじんまりまとまった内容になってしまったりするものだから、読んでいて「何でこんなモノのために貴重な時間を使っているのか!」と腹を立ててしまうものも多い。
そんなプロ野球選手の自伝だが、全てがつまらないわけではない。というか、面白い本は底抜けに面白い。具体的にどんなものが面白いのかといえば、言葉を飾らず思ったことを書いたものであり、本人の人柄がにじみ出る文体でグイグイ読ませるものだ。最近では山﨑武司選手(中日→オリックス→楽天)の『野村監督に教わったこと』(講談社)が面白かった。前中日監督で山﨑をトレードに出した山田久志(阪急)に対する恨み節は“ガチ”で、読んでいてハラハラしたものだ。
「だったら、そんな本を一冊薦めてみなさいよ!」と問われたなら、迷うことなく東尾修『私の真実』(ベースボール・マガジン社)を推薦する。
・70年代からの野球ファンには「トンビ」
・80年代からの野球ファンには「ひかしお」
・90年代からの野球ファンには「酔っ払い解説者」
そして、ここ1~2年から見始めた野球ファンには、「石田純一の婚約者のパパ」として知られる東尾の唯一の著作が、この『私の真実』だ(そういえば松坂大輔選手が西武に入団する際、当時監督だった東尾がこの本を贈ったなんてこともあったっけ)。
なぜ、こんな『私の真実』なんていう大仰なタイトルなのか?
東尾の現役時代をリアルタイムで知っている世代にとっては自明のことなんだけど、最近のファンにはわけがわからないことだろう。
というわけで少し補助線を引かせてもらうと、
・妻子持ちでありながら梓みちよと不倫していた
・広岡達朗に「八百長やってんじゃねぇか」と名指しでいわれた
・死球を与えたディック・デービス(近鉄)にボコボコにされた
・87年のオフにヤクザと一緒に麻雀賭博をやって書類送検された
など、かなり豪快な野球人生をおくってきた選手だったという事実がある。
で、こうした豪快なエピソードはマスコミにとっての真実であって、自分の言い分はこういうことなんですよ――という意味を込めたのが、このタイトルというわけなのだ。
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