同書のなかで最も興味深いポイントは、歴代監督について書いているパートだろう。「第5章:わが師の教え」より、星野仙一監督、高木守道監督、山田久志監督、落合博満監督に対する見解を読書メモ風に紹介してみたい。
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◆燃える男は情の人――星野仙一(133頁~)
・一言で言えば『情』の人。感情、激情、温情、情熱……。少なくとも鉄拳は飛んできた。私生活や練習態度などで殴られることはなかったが、打たれたときには殴られた。
・「ノーアウトから打たれるとはなにごとや!」「ワンアウトから打たれただと!」「ツーアウトから打たれるとは詰めが甘いんじゃ!」――要するに打たれたらいつだって叱られた。
・中村武志と並ぶ『叱られ役』だったが、怒られて一人前になった。それに最後は使ってくれた。怒られたことなど「枝葉」にすぎない。試合に使ってくれることに勝るフォローはない。
・初勝利の監督賞は34万円。リリーフで挙げた勝利なのに、当時の月給を遥かに超える額だった。結婚式の祝儀も同じ金額。もっと背番号が大きかったら? そんなこと恐れ多くて考えられません!
◆選手の自立を促す――高木守道(139頁~)
・初めて大人扱いしてくれた監督で、最も喜ぶ顔が見たいと思った監督。どんなに打たれても叱責されたことはなかった。自立したいと思う時期に自立させてくれた監督。
・選手に一度たりとも嫌な思いをさせなかった監督だが、昔からよく知る人は「本当はすごく短気な人」と口をそろえる。
◆厳しさと愛情の指揮官――山田久志(142頁~)
・投手には厳しい監督だった。そして実に投手のランニングにうるさい人だった。そこにベテランも若手も区別しない監督でもあった。34歳で本来なら“配慮”される年齢だったが特権はなかった。それこそが本物の「愛情」なのだが、当時の自分は完全に理解していただろうか?
・“山田元年”の02年、引退を考えたことがある。球宴までに2勝、6~7月終わりまでファーム暮らしで、本来やるべきランニングもサボった。後半戦8試合で5勝して現役を続行したが、これがなかったら自暴自棄で引退していたかも知れない。
・あの頃の球界には「投手35歳定年説」のような風潮があった。それなのに本当に愛情あふれる接し方をしれくれた。あの年で終わらず、現役生活を続けられたのは山田監督の「走れ」にあったと思っている。
◆日本一の“野球眼”――落合博満(145頁)
・91年のシーズン、未勝利のまま4月を終えようとしていた試合で、落合さんはこんな言葉をかけてきた。「おい、きょうはオレが打って勝たせてやるよ」。その夜は本塁打を含む4打数4安打、6打点。
・ピンチになるとふらりとマウンドにやってきては、実に的確な言葉をかけてくれる。ピンチに焦っていればハッと我にかえるような……激励というより極めて基本的な内容。誰もがわかっているけどピンチに取り乱している投手にはわかっていない、そんな部分を指摘してくれた。
・落合博満監督には今でも感謝している言葉がある。「年齢はグラウンドに立てば関係ない。ひとつでも多くのアウトをとれるやつを、オレは使う。力のあるやつが、このグラウンドに立つことができるんだ」。
・“野球眼”は本当にすごい。監督としてもマウンドに来るが、そこでたまに「予言」めいたことをいう。これが実によく的中する。大げさでなく神がかり的。
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山田監督と折り合いが悪い選手が数多くいた――という話はちらほら聞こえていたが、山﨑武司選手のように真相を明け透けに語るのではなく、あくまでも真相をうっすらと撫でるように書いて納めているところは、人間ができているということなのだろう。落合英二や井上一樹が自伝を書いたならどのような内容になるのか? 純粋に下世話な好奇心だけでいうならば猛烈に読んでみたい。
追記:小沢、不倫スキャンダル…浴衣姿の青木愛とラブラブ!?
あんまり下品なことはいいたくないけど一言だけ。青木愛、福田衣里子、中本奈緒子(参院選静岡選挙区候補)と見ていくと、小沢の女の好みはブレてないね。ブルック・シールズ、柏原芳江が好きだった皇太子と同じくらい一貫しているよなぁ。
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