私家版・兵頭二十八の読み方:その1
私家版・兵頭二十八の読み方:その2
私家版・兵頭二十八の読み方:その3
**「私家版・兵頭二十八の読み方」のエントリでは、日本で唯一の軍学者である兵頭二十八師の著作を、独断と偏見を持って紹介します**
『地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法』(光人社NF文庫。以下『X島』)が今週末にも発売されるとのこと。今回は、数ある兵頭本の中で一番多く読み返したこの本について、店頭に出回るよりちょっとだけ早く紹介してみたいと思います。
数ある兵頭本のなかで、何でこの本だけ一番読み返しているのか? といえば、兵頭本の中でも一番難物だったから。何がそんなに難しかったのかといえば、「マニヤックなミリタリー情報が盛りだくさん」であることと、「良くも悪くも内容がとっ散らかっている」ため。で、何度か読み返していくうちに、何となく兵頭師が敢えてこういう本を書いた狙いというものが、ぼんやりと見えてきたわけですよ。
「本書は、これからおそらく15年くらいは苦境にあえがなくてはならぬはずの日本人に、『第二次大戦末期の昭和19年の南洋の孤島で、優勢な米軍を迎え撃って戦争して勝たなければならぬとしたら、キミはどうするか?』という思考訓練を厭というほどしていていただき、以て、これからの苛烈な国際競争を乗り切るのに必要な『最悪事態の想像力』を養ってもらうことを、主たる眼目にしている」(4頁。以下、ページ数は「四谷ラウンド版」より)
と、最初からクライマックスだぜ! な書き出しから379頁ノンストップで突っ走る『X島』。2010年の手前はこの本を、「自殺する前に読む本」であると見つけました。
え? そんなメッセージなんてこめられてないし、著者の考えと違うって? いいのいいの。私家版・兵頭二十八の読み方なんだから!
引用した文章にもあるように、『最悪事態の想像力』を養うってことは、「今のこの絶望的な局面を打開するためにどうすればいいか?」を考える“頭”を養うってことでもある。もっと噛み砕いて言えば、「一面的な見方、考え方にとらわれず、多面的に物事を見つめる習慣を身につける訓練をしてみよう」ってこと。
例えば目の前の壁があったとして、これを乗り越える手段は「壁を壊す」ことだけが“正解”というわけではない。「ハシゴを掛ける」「トンネルを掘る」「左右から回りこむ」「ヘリコプターを調達する」など様々な手段が考えられる。このように、様々な事象、局面に対して多面的な見方ができるようになっていれば――
お金がねぇ
仕事がねぇ
手形が落ちねぇ
――みたいな絶望的な局面(=最悪事態)に立ち至っても、「こらあかん!」とクビをくくる前に、何か打開策を見つけられるのではないか? ってことです。もちろん「簡単に打開策が見つかるような局面ってのは、絶望的な局面じゃぁないんだよ」って声もあるでしょう。でも、一面的な見方しかできない人は、「簡単に打開策があるにも関わらず絶望的な局面であると誤断する」わけだから。そんな誤った判断をしなくなるだけでも、『最悪事態の想像力』を養うことの意義はあるんじゃないでしょうかね。
『最悪事態の想像力』を養うのに、ミリタリーネタととっちらかった話を読まなきゃならない必要性はどこにあるのか? って疑問に思う人もいるだろうけど、この辺のことについては、「究極のどん詰まり、本当の意味での絶望的な局面を想像して、この打開策を考えるため」じゃないでしょうかね。
『最悪事態の想像力』を養うのであれば、例えば「リーマンショック後の不景気を乗り切る一手」でもいいのかも知れない。でも、この設定だと時代性が高く、10年後に同じメソッドは通用しない。何より命までとられるわけではないから、最悪事態ともいえない。それに比べれば、『地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法』を考えることは、文字通り『最悪事態の想像力』を養うことに繋がるでしょ。
溢れんばかりのミリタリーネタは、『X島』でサバイバルするための知識のみならず、「最悪事態を打開するためには、ここまで突き詰めて情報を仕入れ、選別して、最適解を見つける努力が必要だ」というメッセージでもある。とっちらかった内容も、読者の視点、頭の働きを故意に動かす意図があってのことだろう。読み手としては、あっちこっちに飛んでいく内容を追いながら、多面的なモノの見方を身に付ける訓練――なまじまとまった内容だと、ストレートに頭に入ってきて一面的な解釈をしやすくなってしまう――ができるというものだ(もちろん、兵頭師が書きたいことを書いた結果、ああなったという可能性は否定できないケド……)。
「しかし竹槍だけは推奨しない。あれは、先端を斜めにカットして焼いたぐらいのものでは壮兵でも相当熟練しないと人体に突き刺すことなどできんと、旧軍が昭和20年2月に作ったマニュアル『簡易投擲器(弓及弩弓)説明書』に明記してある。明智光秀を仕留めたのはやはり土民の鉄砲なのだ――という話は脇に逸れすぎだからやめておく」(16頁)
「『人間だけ送れば後はなんとかなるものだ』という当時の参謀エリートの発想パターンはどこから来たかというと、それは西日本型の水稲作農業、つまり狭い土地と水利の整備によりたくさんの労働を集約し、自我を水利共同体に縛り付けておけばそれだけの実入りが必ず上がるという、多年に亘る民俗的な経験則だったろう」(83~84頁)
「ライスを兵糧にするなら、どうしても火を使った炊爨が必要であった。~~中略~~室町時代の戦争だって、兵隊の携行食にはもっと配慮があったものだよ」(97頁)
「日本人は気付かないが、米を焚く匂いは、200mくらい遠くから、白人にはわかるそうだ。沖を通りかかった魚雷艇からその匂いで日本軍の位置が分った、という戦記がある」(100頁)
「比較的ミリタリーっぽくないけど類書には書かれていないネタ」をチョロっと紹介しようと思ったら、どうにも止まらなくなってしまったのでここで打ち止めにします。ともあれ、序章~一章までの内容だけでも軽く新書一冊分の質と量がある『X島』。「ゴールデンウィークにじっくりと腰を据えて読書をしてみよう!」という人には、「多分、連休いっぱい楽しめまっせー」とオススメしたいですね。もちろん、今の境遇に「こらあかん!」と絶望しかかっている人にもオススメします。
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