2010年4月7日水曜日

星野伸之、「真っ向勝負のスローカーブ」:その3

さて、星野といえば、中嶋聡捕手に素手でボールをキャッチされたという伝説を持つ「球界最遅のストレート」だが、ではなぜ、この遅いストレートが打たれなかったのだろうか? 星野曰く、「本当のところはよくわからない」としたうえで、自分なりの推測を披露している。

「僕の遅い球は、プロだからこそ通じた面がある」
プロ野球は、いつも同じ相手と対戦する世界だ。~~中略~~こういう限られた相手と野球をやっていると、お互いに長所も弱点も知り尽くしているわけだから、勝負のポイントは読み合いになる」
「そういう駆け引きの中で、“待たれていない”球は、そう簡単には打たれないものだ」(68頁)

狙っていなかった球に手を出して凡打にしたくない――心理が働くことに加え、コーナーぎりぎりの球を見逃す余裕や、打ちにいってバットを止める技術があるプロだからこそ、あえて見送る球、見逃す球があるという。そこをつけさえすれば、130km/hのストレートと90km/hカーブだけでも抑えられるとしている。

つまり、プロの投手に必要なのは、「アウトローに確実に決められるコントロール」、「一流でも打ち難いウイニングショット(ストレート、変化球どちらでも良い)」だけというのが星野の結論だ。

打者との勝負のなかでカウント2-0とした後に投げる、いわゆる遊び球についての持論も面白い。2-0と追い込んだ後に、明らかなボールを投げることは、高校野球では「初回ノーアウトのランナーがでたらバントをする」のと同じくらい教条化されている。プロ野球でも3球勝負は珍しく、ギリギリに外すのはもとより明らかに外すこともよく行なわれている。こうした遊び球に対して最近の解説者は、「あれは意味のないボールですね」と否定的に見ることが多いが、星野の意見は「2-0からの迷いを吹っ切るために必要なときもある」というものだ。

「(3球勝負は必要だが)調子の悪いときなどは特に、それができない。勝負にいっても、もし打たれたらもったいないな、とどうしても考えてしまう。それでは、インコースへ見せダマを投げておくか。いや、ちょっと手元が狂って当てたりしたら、これももったいない……そんなふうにして、有利なはずなのに、どんどん弱気になっていったりする」
「そういう意外な苦しさが、2-0というカウントにはある」
「2-0であるからこそ生じている迷いを吹っ切るために、カウントを2-1に作り変えてしまおう、そういう明確な意図がこの1球にはある。~~中略~~勝負にいく踏ん切りをつけるために、バッテリーはあえて、明らかなボール球を投げるのだ」(77~78頁)

投手の技量、性格によっても感じ方、考え方は違うのだろう。自分の球に絶対的な信頼を置いている投手であれば、このような弱気な姿勢は見せないはずだ。しかし、この星野の考え方は、一握りの“怪物”ではない、大多数の投手の心の内を代弁しているものといえるのではないだろうか。

実はここまでの紹介は2章(全体の4割程度)までで、3章以降は、松井秀喜選手、イチロー選手、清原和博、落合博満らとの勝負や、山田久志、佐藤義則を初めとするOBにまつわるエピソードを中心とした読み物となっていて、これがまたとても面白かったりする。野球好きであれば誰にでも楽しめる一冊だ。

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