昨日、『ゲーテの警告』の内容を思い返しつつ“基礎教養”のハナシを書いていて、ふと思ったのが、「このハナシって何か既視感があるよな」ということ。ここ7~8年くらいでしょうか、映画に限らず、TVゲームでもHR/HMでも野球でもなんでもいいんですが、あるジャンルが好きとかハマっていると公言する人のハナシをよくよく聞いてみたら、「えっ? 『好き』っていいながらこんなことも知らないの?」という経験が多々あったわけですよ。
それこそ――
「都築さんHR/HM好きなんすか! オレも大好きっすよ。リンキン・パークとか最高ですよね」
「へぇそうなんだ。最近のバンドにもいいのがあるよねぇ。だったらレッド・ツェッペリンならセカンドアルバムあたりが好みだったりするの?」
「え? 何てバンドっすか?」
「レッド・ツェッペリン」
「いやぁ、良く知らないっすねぇ」
――みたいなことですよ。
こうしたハナシは身の回りでもちらほら聞くことがあったりして、ついこのあいだまでは、「趣味の世界ではどこでもあるもんなのかなぁ。ゆとり(笑)」みたいに鷹揚に構えていたものです。が、『ゲーテの警告』を読んでからは、こうした傾向(=“基礎教養”を蔑ろにする傾向)は趣味の世界に限らず、あらゆる分野で日本全国津々浦々にまで広がっているのかも知れないとビビっているところです。
で、そんなことを考えながらつらつら書いていて、「このハナシって岡田斗司夫氏がそのまんま書いてたっけ!」と思い出し、慌てて本の山を書き分けて取り出したのが、『オタクはすでに死んでいる』(岡田斗司夫著。新潮新書)です。同書よりちょっと長めですが引用します。
「SFが滅びた最大の原因は映像SFでした。もちろん原因といっても、悪者だという意味ではありません。単に原因だという事実があるだけです」
「映像SFが広がることで、わかりやすいSFが浸透してしまった。それまでSFというのは、ファンの間では『一冊読んでもダメ、百冊読んでもダメ、千冊読んだらSFってなんだかそろそろわかるんじゃないかな』と言われていました。嘘みたいに思われるかもしれませんが、本当に常識だったのです」
(中略)
「ところが、『機動戦士ガンダム』や『スター・ウォーズ』でSF界に入ってきた人たちというのは、一瞬で『わかる』のです。少なくとも本人たちは『わかっている』と思えるのです。先輩に『まだまだ』と言われて発奮する、なんていう面倒な手続きはここには必要ありません」
(中略)
「ただし、そうやって『わかりやすいSF』で入ってきた人は、その後もやっぱり『わかりやすい』ものを求める。『わかりやすいSF』ばかりが求められた結果、『わかりにくいSF』が避けられる」
「『アニメ見てるんだから、別に本なんか読まなくてもいいじゃないですか』」
「『昔の日本の作品なんか読まなくてもいいじゃないですか。えー、SF好きだからといって小松左京とか読まなくてもいいでしょう』
「という調子になります。必然的にラクチンなものが、どんどん普及していったわけですね」(132~134頁)
このハナシ、「わかりやすいSF」を「B層カルチャー」に変えたら、まんま『ゲーテの警告』で指摘されていたB層カルチャーの暴走のハナシと同じですよ。で、これが映画、音楽、グルメとかだけでなく、政治から市井の全ての小さなことまで全てに浸透しているってことです。
岡田氏は「SFは死んだ」(=かつて確かに存在していた「SF文化」というものがなくなった)と指摘していますが、やっぱり全ての人間が『B層』に甘んじて、いわゆる“基礎教養”を蔑ろにしてしまうと、確実に亡国の途に繋がるってことなんでしょう。
追記:適菜先生がmixiで噛み付かれていたというハナシ。ポップスにオリジナルなんてないってハナシは、これを見れば一目瞭然じゃないかなぁ。
・【ニコニコ動画】JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた 前編
・【ニコニコ動画】JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた 後編
加えて、↓の本を読んで、いくつかのヒット曲の楽譜を並べてみたら、正解が出ているような気がするんだけどね。
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