2013年3月13日水曜日

私家版・兵頭二十八の読み方:その23

**「私家版・兵頭二十八の読み方」のエントリでは、日本で唯一の軍学者である兵頭二十八師の著作を、独断と偏見を持って紹介します**

今日は、兵頭二十八師の新刊『「日本国憲法」廃棄論:まがいものでない立憲君主制のために』のメインディッシュである第2部(=「押し付け」のいきさつを確認しよう)を紹介します。

「日本国憲法が占領軍から押し付けられて成立した」ということは、<改憲>論者のみならず、<護憲>論者でさえ認めざるを得ない歴史的事実です。第2部のタイトル通りに、このいきさつを確認するのであれば、当然、GHQが置かれた1945年10月2日以降からの記述になるはず――と思うものですが、兵頭師は19世紀後半にまで遡ります。

なぜか? 兵頭師は、日本国憲法の骨格となる前文と9条に通底する“世界平和”の概念が、「『貧困と戦争をなくすためには古い社会制度を破壊するのが正義だ』とする有力な思潮」(52頁)を淵源としているからとします。この社会主義的思想の影響が、20世紀半ばまでのアメリカの世界戦略に色濃く反映され、結果、立憲君主制を否定する“偽憲法”の「押し付け」に繋がったという主張です。

こうした「世界統一政府」という思想を明確な形に練り上げ、世界各国にあまねく広めたのは、H・G・ウェルズでした。彼は原子爆弾を予見し、その後に起こるであろう核戦争の荒廃から人類が立ち上がり、単一政府による世界経営によって戦争をなくすというストーリーである『解放された世界』を執筆。これが、原爆発明と国際連盟発足のカギとなり……と、紹介していくと、第2部前半のほぼ全てを要約するようなことになってしまいそうなので、ひとまず自重します。いや、それくらい中身が盛り沢山なんですよ。なので詳しく知りたい方は、Amazonでポチりましょう。

というわけでここでは、手前が新刊で一番興味深く感じたポイントである、F・D・ローズヴェルトに対する兵頭師の論評を紹介してみたいと思います。

ローズウェルトといえば、「第二次大戦時の大統領でニューディール政策を進めたアカ野郎」「スターリンや蒋介石と超仲良しだったアカ野郎」「日本人を猿扱いした人種差別主義者」程度の知識しか持ち合わせていなかったわけですが、兵頭師曰く、ローズヴェルトはアカ云々というハナシでは全然なくて、プロテスタント信仰こそが彼の行動規範であったとします。

「F・D・ローズヴェルトは容共的だとか、甚だしくは、コミンテルンに操られていたとまで近年の日本国内では言われるのを聞きます。けれども、<蒋一派は戦争能力のないゲシュタポであり、中共にこそアメリカの武器を渡すべし>と結論した『シナ通』の英雄スティルウェル大将をクビにしているローズヴェルトは、そんな単純な指導者じゃありません。ローズヴェルトは精神の支柱として監督派のプロテスタント教会をもっており、その心棒が揺らがないからこそ、ドイツを倒せる現実的に唯一の陸兵供給源であったソ連とも、自由自在に共闘ができたまででしょう」(83頁)

こうした「ローズヴェルト=敬虔なプロテスタント信者」という側面を、ジョゼフ・スティルウェル大将の日記と1941年1月6日に全世界に発信した一般教書演説(=「四つの自由に関する一般教書演説」)から紐解きます。

とりわけ四つの自由の演説の詳解は――

・敢えて大文字の「God」という単語を使って「信仰の自由を世界に広めることを目指す」と主張しているのは、非キリスト教圏にキリスト教を伝道したいというのが真意にあること
・パリ不戦条約には用いられなかった「アグレッション(侵略)」という単語を初めて使って、侵略戦争を非とすることを謳うとともに、これを実現すべく超大国アメリカの軍事力をもって各国の軍縮を目指すと主張していたこと
・ウェルズの主張する「新秩序」よりも偉大な「モラル・オーダー」「グッド・ソサイエティ」……すなわち米国のプロテスタント文化こそが、国家社会主義の野望や共産主義革命に対抗できる唯一の切り札であると主張していたこと

――と、初めて知ることばかりで文字通り目からウロコが落ちたものです。20世紀の歴史については、恐らく日本国民の平均以上に知っていると自負する――もっとも、下を見れば「日本がアメリカと戦争したって本当っすか?」みたいな層もいるので、偉そうに言えたことではないんだけど――手前にして↑の如しですから、この辺のくだりは歴史読み物としても水準以上に面白いモノといっていいと思います。

さて、このローズヴェルトに関するハナシは、個人的には第2部のさわりと思っていますが、全体で見れば、あくまでも10数ページを占める一エピソードでしかありません。ウェルズとの関係や、「四つの自由演説」が日本国憲法にどのように反映されていくかの論証や、自己正当化のマジックワードである「自存自衛」安易な使用がもたらした破局的な結末や、国体変更を飲まざるを得なかった戦後日本政府の苦渋など、軍師らしい洞察力と筆さばきを駆使して、わかりやすく、かつ面白い読み物として書ききっています。

日本国憲法を巡る研究書や論文、読み物は数多く出ていますが、その成り立ちについて、ここまで遡り、ここまで深堀りし、かつ読みやすいモノは、他にはなかなか見当たらないものです。今夏の参院選を控え、<護憲>か<改憲>かを巡る憲法論議が過熱化するなかで、もう一つの選択肢である<廃憲>を知る意味でも(もちろん<護憲>及び<改憲>派が批判的に読むことも含め)、この春必読の一冊として強力にオススメします。

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