2012年9月5日水曜日

喧嘩が下手なのは国民性なのか?

新井選手会会長 加藤コミッショナーを痛烈批判

民族性とか国民性というものは全くの嘘っぱち! を信条にしているけど、今回の件の経緯を見ると、↑のような禁句を持ち出したくなるね。2010年の尖閣問題における前原(バカ)のときと同じように、「ヘタれるなら最初から面倒くさいことするな」と。多分、竹島のハナシにしても、途中でヘタれて単独提訴すらしない(仮に明日解散して近々にも自民党政権に戻ったら、99.9%確実にこうなるはず)ってことになるんだろうねぇ。敢えて好意的に解釈すれば、「振り上げた拳を下ろす決断ができたことを持って良しとすべし」ってことか?

ヘタれた理由自体が無理筋だった! とはいわない。ダダをこねるのに理由はいらないからね。ただねぇ、「参加選手の補償問題」が何一つ解決していないのに参加を決めたってことについては、全く納得できない。てか、これこそが問題の本質でしょうよ。この問題について何一つ譲歩を勝ち取れないで参加したら、「結局、カネのためにダダこねたのか!」ってことになるんだから。

まぁ、選手会が補償問題について真面目に考えるような“まとも”な組織じゃないってことは、奴隷契約である統一契約書の問題に全然取り掛かろうとしないことからも明らかなんだけどね!

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