2012年7月31日火曜日

『Skyrim』について思うこと

この2週間で軽く70時間、ネットでMODを調べている時間も含めれば、ほぼ起きている時間の2/3くらいを費やしてしまっている『Skyrim』。なぜここまでハマってしまったのか? について、『Skyrim』フィーバーに浮かされているアタマでつらつらと考えてみました。

というわけで、以下、とりとめのない感想。

・悪いのは全部、新しいビデオカード。そもそもビデオカードを新調しなければ、『Skyrim』を遊ぶことは生涯なかったと思う。

・というのも、前作の『Oblivion』は、ニコニコ動画のプレイ動画を見て、「うわっ! 戦闘がスゲーつまんなさそう」「一本道じゃないクエストタイプだって? ようするにスーパーリアルな『ルナティックドーン』だろ」というネガティブな印象を抱いていたので、これの延長線上にある『Skyrim』だって面白いわけがない――という先入観があったため。

・で、ビデオカードを新調した勢いで買ってしまい、実際にやってみたら面白いのなんの! ただの大作RPGより深く、『ルナティックドーン』より没入感があるんだなこれが。オープンワールドをシームレスに動けることと、世界を動かす優れたAIの2つで、ここまでゲーム性って変わるものなのね。

・従来の大作RPGであれば、ソフトに登録された内容が全てで、これを全部把握してしまったら途端に面白くなくなる。でも、『Skyrim』は、ソフトに登録された内容が全てであることは同じであっても、NPCを通じたAIへの介入によりレスポンスが大きく変わってくるので、感じる“深み”が全く違う。

・たとえていうなら、従来の大作RPGが「昔のおもちゃ電話」なら、『Skyrim』は「iPhone 4SのSiri」みたいなもの。

――「iPhone 4S」のお茶目なアシスタント、Siriさんの愉快な問答集

・つまり、登録された10種類程度のおしゃべりが聞ける「昔のおもちゃ電話」であれば、全てのパターンを聞いたら放置してしまうけど、質問の仕方によって回答内容が微妙に変わる「iPhone 4SのSiri」なら、「次にどんな答えが来るのか?」とワクワクしながら末永く遊べる。つまり、従来のRPGとは本質的にこのくらい違うということ。

・しかも、このハナシは「まっさらの製品版」(=バニラ)についてのハナシであって、これに有志が作ったMOD(=Modification)を入れれば、映像のルックスからAIの挙動、ゲーム性まで変わり、いつまでも新鮮な気分で遊べたりする。↑のたとえで言うなら、「新しいソフトを入れることで、オレのSiriたんがどんどん賢くなった!」という感じ。

・ゲームの進め方一つとっても、初プレイは「両手剣の脳筋が敵の集団に突っ込みしばき倒すメイトリクス大佐プレイ」。2回目は「弓矢とダガーを駆使して、敵を一人ひとり倒していくランボープレイ」。3回目となる今は「MODで使えるようになった魔法と刀を使って、火炎魔法と刀を振り回す中世風CoDプレイ」にハマっている――というように、ここまでで3本のゲームをやっているような感じだし。

と、汲めども尽きぬ泉に取り掛かっているうちに廃人まっしぐらに。いい加減、熱を冷ましたいところだけど、冷まし方がさっぱりわからない……。



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