2013年2月20日水曜日

*読書メモ:「悪意の情報」を見破る方法

◆目次
・第1章:よくある科学への思い込み――まず解いておくべき誤解について
・第2章:利害と科学情報の関連性――立場によって、科学の情報もバイアスがかかる
・第3章:科学問題は2択クイズじゃない――さまざまな問題が白黒つけられない理由
・第4章:コンテクストと選択――背景・文脈を理解しなければ正しい判断はできない
・第5章:偶然と因果関係の境界線――「たまたま」と「必然」をわけるのは何か
・第6章:特殊か普遍か――科学データの適用範囲について
・第7章:数字のトリック――統計数字を読み解くためには
・第8章:社会における科学――科学と政治の間にあるもの
・第9章:情報の落とし穴――科学を正しく理解するために
・第10章:本書で紹介した知恵20箇条

・バーバラ・マクリントックの「動く遺伝子」に関する研究は、注目されて当然でありながら、当初は無視されていた重要な発見の一例。その発見が常識はずれであることを自覚していたマクリントックは、他の研究者から浴びせられそうな反対意見に対抗するためのデータを6年かけて収集したうえで学会に発表した。

・発表時点での遺伝子分野の研究レベルでは、マクリントックが発見した現象がどんなメカニズムで起きるのかを説明できなかった。その時点で科学者たちは、遺伝子といえば「染色体という糸に固定されているビーズ」のようなモノを想定していた。しかし、様々な分野からの大量のデータが蓄積されていくうちに、遺伝子はダイナミックに動くものという考え方を受け入れるようになったのだ。

・「動く遺伝子」の研究発表は、科学界で認知されるまでに20年以上かかったが、このように中々受け入れられなかったのは、マクリントックが無名だったからではない。彼女はすでに、トウモロコシ遺伝子研究の権威者としての名声を確立していた。また、トウモロコシ遺伝子の研究者の中には、彼女の研究の重要性を認めているものもいて、同様の研究を続けているものさえ、少なからずいた。

・このように時代に先んじた考えが、科学界から無視された例は少なくない。しかし、それを利用して、ありそうもないことを頑固に主張する人々の理屈を真に受ける必要はない。

「科学界は●●(テーマ)に関する私の革命的な考えを認めようとしないが、これは●●(有名な科学者の名前)がその時代の人々から無視されたのと全く同じである。●●(有名な科学者の名前)の場合もそうだったように、ときの経過が私の正しさを証明してくれるに違いない。今のうちに私の●●(製品名または書籍名)を買っておけば、けっして損はしないはずだ」(58頁)

・このような主張の問題は、初めのうちは顧みられなかったけれそも、のちにその価値が認められるようになった科学者の例は、突拍子もない説を唱えていまだに認められずにいる人たちの数に比べると、やはりわずかでしかない、ということを無視している点にある。

・カール・セーガン曰く「尋常ならざる主張には、尋常ならざる証拠が求められる」。すでに広く浸透している世界観を覆すような発見には、まずは健全な批判精神をもって疑ってみるべきだ。それが逸話や体験談などの事例証拠に基づくもので、その分野の専門家でないものが主張している場合には、とくに疑いの目を向ける必要がある。

・喫煙が肺がんの原因なのかどうかを調べるために、疫学者が喫煙者と非喫煙者の肺がん発症率を比較したところ、喫煙者の方が肺がんの発症率が高かった。この結果は、喫煙が肺がんの原因であるという決定的な証拠になるだろうか? 答えはノーだ。

・喫煙者と非喫煙者とでは、喫煙習慣以外にも異なる点があるからだ。その一つとして、喫煙者は一般的に見て富裕層より貧困層に多い。貧困層は工業地帯や人口密集地に住んでいることが多く、大気汚染や環境有害物質に汚染されやすい。こうした要因も肺がんの発症率に影響を及ぼす。また、貧困層や富裕層に比べて果物や野菜の摂取量が少ないが、これに含まれる抗酸化物質には、がんの発症を抑える効果がある。

・もっとも、喫煙と肺がんの関係については、その後の動物実験や、タバコに含まれる化学物質が細胞をがん化するメカニズムが解明されたことで、当初の疫学研究の結果を裏付ける傍証が得られた。現在では、科学者も一般の人々も、喫煙と肺がんの因果関係を認めるようになっている。

・しかし、観察的疫学研究から導かれた結論が、完全に間違っていたこともある。「閉経後ホルモン補充療法(HRT)」(心臓病リスクを低減する療法)のことだ。HRTを受けた女性と受けなかった女性との比較研究により、HRT療法が確立されたが、その後の大規模な無作為化臨床試験により、この見解は覆された。HRTはむしろ、心臓病リスクを高めることが明らかになった。

・なぜ、最初の研究では誤った結論が導き出されてしまったのか? 答えは、研究対象者の生活習慣にあった。HRTを望んだ女性は、そうでない女性に比べて、運動習慣のある人や教育レベルの高い人が多く、肥満者や喫煙者が少なかった。つまり、HRTを受けた女性は、もともと健康で心臓病にかかりにくかったのだ。

・このように、観察的研究から得られたデータだけでなく、介入研究(=対象をモニターするだけでなく、違うグループに別々の治療をするなど、研究者が比較対象に介入して得られたデータを分析する研究)から得られたデータとも対照することは、とても大切なこと。なお、メディアの記事でセンセーショナルなものの多くは、観察的研究から得られたデータを見出しに使い、介入研究のことはほとんど触れられていないことが多い。

・絶対に安全だと証明できるイノベーションなどあり得ない。予防原則の問題は、物事を黒か白かで判断し、複雑な意思決定につきまとうグレーの部分や微妙な色合いを無視してしまっていることにある。なぜなら、それを代替案との比較のなかで評価するのではなく、完全に安全か否かに色分けしようとするから。賢明な意思決定は、適切なコンテクストの中で明らかにされた全てのリスク(コスト)とメリットを慎重に分析することによって、初めて可能になるものである。

――メディアリテラシーの「教科書」としては、これまでに読んだどの本よりも優れている。わかりやすく、なにより必要な項目と情報が良く整理されている。中学生の夏休みの読書に最適な本。一人前の大人であれば、この本に書かれている全てのことをわきまえておきたいものだ。

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