2013年12月8日日曜日

基礎教養の基礎教養『[新訳]フロンティヌス戦術書』

◆目次
●第Ⅰ部――指揮官として用意周到たれ
・1:司令官の企図は秘すべし
・2:敵を調べ、計画を見破れ
・3:戦争の性質を決めていけ
・4:敵の充満している土地で味方部隊を率いるとき
・5:危険な状況下から離脱するには
・6:行軍の途中で伏撃に対処する
・7:需品の欠乏を的に覚られぬうちに補う
・8:敵陣営の精神的な団結を切り崩す
・9:兵士たちの犯行にどう対処するか
・10:機宜を失している欲求を回避する
・11:舞台の敢闘心を高揚させる
・12:まがまがしき予示に怯んだ兵士たちの不安を拭い去れ

●第Ⅱ部――野戦に臨んで知っておくべきこと
・1:合戦の時を選べ
・2:合戦の場をうまく選べ
・3:戦闘のための部隊配列
・4:敵兵に恐慌を起こさせるには
・5:待ち伏せを仕掛ける
・6:敵を追い詰めず、猛反撃を喰らわぬようにする
・7:味方の寝返りや失敗はうまく隠せ
・8:不屈の剛毅を示して全軍の戦意を復活させよ
*合戦後に講ずる手管
・9:一勝の後、終戦につなげるための参考
・10:負け戦のあとの挽回
・11:信用できぬ者たちから、むりやり忠誠を引き出すには
・12:戦力に自信が持てぬとき、どう野営地を守るか
・13:退却にもちいる小技

●第Ⅲ部――要塞攻防の着眼
・1:奇襲をかける
・2:籠城者を欺け
・3:敵の内部に裏切者を見つけて利用せよ
・4:敵を貧窮に陥らせる
・5:敵をしてこの攻囲は降服するまで終わらないと信じさせる
・6:敵陣の注意を逸らせ
・7:飲用水源に対する工作
・8:籠城者たちを畏怖せしめる法
・9:予期せぬ方面から都市要塞を攻撃せよ
・10:籠城軍を外へ誘い出す罠
・11:いつわりの撤収
*籠城する側となったとき、どんな戦術があるか
・12:部下の徹宵警戒を督励するには
・13:書信の送達と受領の方法
・14:援軍や糧食補給を請うには
・15:物資が豊富にあるように敵に印象づける法
・16:秩序への反抗や戦線離脱の脅かしに向き合う
・17:被包囲状態からの反撃突出
・18:攻囲されても動揺を見せるな
(注~~目次のアラビア数字は、書籍中では全てローマ数字で表記されています)

兵頭二十八師の新刊『[新訳]フロンティヌス戦術書』を一足早く読みました。「古代西洋の兵学を集成したローマ人の覇道」という副題の通り、その中身は、古代ローマ時代における戦争の教科書そのものです。『孫氏』が戦略及び戦術の原則集だとするなら、こちらは具体的な事例集であり応用編という感じでしょうか。より踏み込んでいうなら、「カンネーの戦いに臨むにあたってハンニバル将軍は~」とか「危機に陥ったポンペイウス将軍が部下に対して言ったことは~」というような過去の戦訓を、「『合戦を始める前の注意』『合戦開始後、および終了するさいの注意』『城市攻囲と籠城守備のさいの注意』の三つの『部』に分類」(7~8頁)したものです。

古代ローマや古代ギリシアの戦争に疎い人向けに言うなら――

『三国志』にあった曹操と梅のエピソードってあるじゃん。そうアレ。曹操が張繍を攻めてたとき、炎暑のなか水場がなくて兵士がくたびれて「水をくれ!」って不満が噴出してきたときに、「少し先に梅の林がある。そこまでガマンせよ」と訓示したら、兵士が梅の酸っぱさを思いつばを出して、結果、ノドの渇きがおさまったってやつ。アレとか、柴田勝家の『瓶割り柴田』のハナシみたいなね、戦場における“頓智の効いたエピソード集”みたいな本だよ。

――と説明した方が、本の中身が想像しやすいのではないかと思います。

フロンティヌスは紀元1世紀のローマで活躍した人物なので、取り上げられているエピソードは、100年ちょっと前の「内乱の一世紀」で活躍したカエサル、ポンペイウス、クラッススとそのライバルとか、200年ちょっと前の「第二次ポエニ戦争」で活躍したハンニバル一党とスキピオ。300~400年前のピュロス、アレキサンドロス、フィリッポス二世といったあたりの「古代西洋の名将オールスター」の戦訓です。

具体的にどんな感じで書かれているのか? 個人的に初耳でかつ面白かったエピソードを2つ引用してみると――

Ⅰ-Ⅸ-3
ミラノの元老院が、ポムペイウスの部下の兵隊たちの不羈な所業のため、皆殺しになるという不祥事が起きてしまった。ポムペイウスは、直接の下手人だけを呼び出せば、頑強な叛乱を誘発すると懸念し、一計を案じた。
まったく忠良な兵隊たち多数の中に混ぜて、容疑者たちをも出頭させるようにしたのだ。おかげで容疑者たちは、自分たちが裁きを受けるために召喚されるとは思わなかった。しかし忠良な兵士たちは心得ており、道中、この容疑者たちが逃亡したりしないように、しっかり見張っていた。逃亡を幇助した仲間だとは、人から思われたくなかったからだ。[?年]
(91~92頁)

Ⅱ-Ⅲ-6
ペルシャの王位継承者アルタクセルクセスが、その王位を臨む弟が招致したギリシャ傭兵軍を主力とする叛逆軍と、ユーフラテス河畔のクナクサ(今のバグダッド、当時のバビロンの近郊)で会戦した。
ペルシャ軍は兵数においてまちがいなく優越していたから、アルタクセルクセスは、重装歩兵と騎兵と軽装歩兵(重い盾をもたない)の混成部隊を、両翼いっぱいに広がらせた。その正面の幅は、比較的に少数だった敵軍の全集団を初めから凌駕していた。そして、中央部分の前進速度を両翼よりも遅くさせて、ギリシャ人部隊を大きく包み込んで、勝利したのである。[紀元前四〇一年] *クナクサ会戦の一次史料と言えるものは、当の傭兵部隊の中級幹部であったクセノポーンが著した『アナバシス(一万人の退却)』しかない。クセノポーンは、ギリシャ傭兵隊は一人も負傷せずにペルシャの大軍を二度も壊乱させた、などと自慢している。しかしフロンティヌスは、そんなはずはなかったろうと疑って、彼の推理を展開している。
(142~143頁)

――という具合。こんな感じで322頁に渡って数多の戦訓が紹介されています。

このように古い時代の戦訓を抽象化せずに載せているものなので、これをそのまま教訓にするのは難しいでしょう。抽象化された原則論である『孫氏』であれば、現代の軍人でもサラリーマンでもプロ野球選手にでも応用できます。しかし、、「狼煙と粘土板、大声と笛による通信をベースに、ファランクスやレギオンを駆使した戦争」の“教科書”である同書の戦訓は、あまりにも具体的であるために応用がきかず、一度咀嚼しなければ実生活に使うことは難しいと思います。

で、この一度咀嚼したものがマキアヴェッリでありモンテスキューでありクラウゼヴィッツだったりするのですが、こうした基礎教養の基礎教養(=西洋啓蒙主義の元ネタ)として読む。あるいは単純に過去の名将の活躍ぶりを知るための“アイドル本”として読む。もしくは頓智の効いた歴史おもしろエピソード集として読む――というように、色々な読み方のできる本といえるでしょう。

また、ところどろこに軍師らしい鋭い着眼があります。例えばローマのレギオンは3000~6000人で構成されていますが、この人数について「密集した場合に一人の指揮官の大声が届く限界に一致し、自然、結束は固かった」(74頁)と指摘した点については、文字通り膝を打ちました(こう考えてみると、小柄ながら晩年まで大音声で知られた豊臣秀吉は、野戦司令官としても極めて優秀だったのだろうと想像がつきます)。

本邦初翻訳にして、↑のごとく面白さが約束された本でもあるので、古代ギリシャ及びローマ時代の戦争に少しでも興味があるなら、是非一読されることをおすすめします。

ともあれ手前は、韓国は仏像を返還すべきであると思う。

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