2010年8月31日火曜日

『香味焙煎』のリニューアル品を賞味しました

昨日、インスタントコーヒーを切らしたので、近所のスーパーでいつもの『香味焙煎』(エコパック)を買おうと陳列棚に手を伸ばしたら、一足早くリニューアル品が陳列されていました。

リニューアル品は『香味焙煎―挽き豆包み製法・深煎り』というもの。商品のコピーによると――

コーヒー豆の粒を、フリーズドライコーヒーの粉で包む。「挽き豆包み製法」がもたらす、コーヒーの芳醇な息吹、淹れた瞬間に辺り一面を包み込む豊満な香り。器の底にたたずむ豆の粒こそ、その製法がもたらすみずみずしく贅沢な香りが生きていた証です。濃厚な香り、深みを重ねたコク、それでいて、透明感のある後味。かつてない深煎りの香味焙煎をお楽しみください。

――とあり、どうやらコーヒー豆がそのまま入っているインスタントコーヒーらしいとのこと。「エコパックを振って音を聞いてみた限りでは、いつもの『香味焙煎』と変わらないようだけど」と思いながら、いつもの瓶に空けてみたものの(このエコパックを思いついた人は、本当に天才だと思いますね)、中身もいつものと変わらない感じ。

で、いつものように「スープ用カップにコーヒー2杯半、パルスイート半分」で作ってみました。

一口目の感想は、「こりゃぜんぜん味が違うな」。利き酒、利きビール――サラリーマン時代に税務署主催の催しで何度も挑戦した――は全然ダメでしたが、これについていえば、いつものとリニューアル品をブラインド出されたとしても、一発で見分けられる自信があります。というか、もし、実家に住んでいて母ちゃんに「いつも買ってきて」と頼んでこれを買ってこられたら、少しキレることを自分に許しても良いと思わせるくらい味が違います。

具体的にどんな違いかといえば、「同じ豆をシティでローストするか、炭焼きでフルシティまでローストするかくらいの違い」といったところでしょうか。とにかく一口目のインパクトが結構強いものです。

といっても、二口目以降はそこまで強いインパクトは感じられません。ただ、全体にエグ味が感じられます。一番近いのは「あぁ、これ良く洗ってないミルで挽いたコーヒーの味!」というもの。つまり、焙煎したコーヒー豆が“微粉”として配合されているためなんでしょう。毎日洗浄している臼型ミルで挽いた豆で淹れたコーヒーのクリアな味わいとは程遠いものです。

飲み終わっての感想は、「確かにいつものよりは、コーヒーに近づいているねぇ」。でも、手前がインスタントコーヒーに求めるのは、インスタントコーヒーらしい味なので、下手にコーヒーに近づかれてもそんなに嬉しくないんですよ。それに飲み終えたカップの底に汚れが残りまくる(コーヒー豆の“微粉”)ので、「これを飲み続けてたら、いつも以上に茶渋を落とさないとならないんだろうなぁ」と思ったり。

それでもゴールドブレンドでは酸味が強すぎ、ブレンディでは大量のパルスイートを入れなきゃ飲めない。エクセラ? 論外!――という人にとっては、まだまだ重宝しなければならないブランドといえそうです。

2010年8月30日月曜日

『第5共和国』は、現代韓国の『史記』:その2

全斗煥の悪辣ぶりは、粛軍クーデターで陸軍本部を騙し討ちにするところでもエグく描かれていましたが、それ以上に悪く描かれているのが光州事件のエピソードです。

*光州事件って何? って人はこちらをご覧ください。「光州事件(日本版wikipedia)」。早い話が、「光州市で起きた大規模な民主化デモを、全斗煥率いる新軍部が派手に鎮圧した事件」です。

ドラマでは、光州事件が徹底的に美化されています。

デモ側の役者は揃ってイケメン(ブサイクなのは早々に射殺されるキャラだけ)で、一々大仰なセリフを喋り、一々悲劇的に死に、「この死が、この国の民主化に繋がるのだ」「民主化した暁には、我々の死が蘇るのだ」みたいなことを言います。

一方、デモを鎮圧する軍側の役者はいかつい面構え(イケメンは引き金を引くのを躊躇う良心的な兵士だけ)で、一々容赦なくデモ隊をぶん殴り、射殺し、「あいつらはアカだ、やっちまえ!」みたいなことを言います。

デモ鎮圧に当たる全斗煥は文字通りラスボス並みの極悪さで――

・新軍部は80年1月から哀情訓練(デモ鎮圧を目的とした特殊訓練)をやっていた。
・新軍部は4月の新学期スタートから学生運動が活発化するのに備えていたのだ。
・しかし、それは建前。真意はデモ鎮圧に名を借りて戒厳令期間を延ばすことにあった。
・戒厳令を延ばし、デモ鎮圧のために軍を出し、国家保衛委員会を設置する。
・こうして三権を新軍部の支配下に納めることで、クーデターを完成させる。
・全斗煥は自ら大統領になるために、こうした策謀を早くから練っていたのだ!

――という、曲解に曲解を重ねた超絶陰謀論を大真面目に展開。

途中、デモが拡大するにつれて全斗煥は、報道規制をかけまくったり、「デモは北朝鮮のスパイが扇動したものだ!」「金大中が光州の学生に金を渡してデモを扇動した」というハナシを捏造したりとやりたい放題。光州事件の発端から拡大、鎮圧にあたっての無差別殺人まで全部が全部、全斗煥のせいにしています。

でも、一歩引いた目で見れば、「新学期を前に学生運動を警戒するのは、治安を任された人間として当然の責任じゃね?」と思うんですけどね。そもそも、陸軍武器庫を襲撃(劇中では警察署のみを襲撃。陸軍武器庫は影も形もなしで史実を美化)して5000丁もの小銃(劇中ではM1カービン)で武装したデモ隊は、全斗煥の言うとおり暴徒であって、完全なる内乱ですよ。これを中央政府が実力で排除するのは常識でしょう?

それにデモの発端は自然発生的だとしても、その拡大にあたっては、北朝鮮のスパイが一役買った側面もあったと考えるのが自然かと。

当時、韓国の大学に北朝鮮のスパイが浸透していたことは紛れもない事実(在日朝鮮人スパイも数多く浸透、逮捕されていた)で、5月21日に光州近くに侵入した工作船を撃沈した事件もあったことも考えると、デモ開始の5月18日から鎮圧された27日までに北朝鮮のスパイやシンパがデモ拡大を扇動したり、戦闘や組織化の指導をしていた可能性は十分に考えられるわけです。全斗煥が“捏造”したハナシも、真っ赤なウソとはいえないと思うんですよ。

でも、ドラマでは内部スパイ説について「新軍部によるかく乱工作」と決めうちし、その象徴として「毒矢事件」(新軍部のスパイによるデモ隊へのかく乱工作)を大々的に取り上げるのみ。本物のスパイがデモを煽ったなんて話は一切出てこない。

もちろん、全斗煥はどう考えてもやりすぎとは思うけど、当時の韓国が“反共の砦”の最前線だったことを考えれば、「あれくらいやらないと、容共統一してしまった可能性もゼロじゃないものなぁ」と同情したくなるもんです。デモの建前が建前だから、在韓米軍だって簡単には介入できなかったでしょうから。

この辺の感覚は、冷戦の真っ只中を経験しているか否か、共産主義や社会主義に対する嫌悪感の有無で変わってくるんでしょう。朝日新聞や岩波書店なんかは「容共統一すべし!」と力強く主張し続けてきたからこそ、朴正煕や全斗煥には異様なまでに点数が辛かったわけで(どうでもいいけど、手前にとっては未だに「ぼくせいき」「ぜんとかん」「きんだいちゅう」なんですが、ウチのIMEはバカだから、この読み方では変換してくれないのですよ!)。

ともあれ、ここまで「デモ隊=絶対正義、全斗煥=絶対悪」という単純解釈をする国に、「冷静に歴史を見つめる」なんてことを求めるのは無理な相談だということが、心の底から納得できました。少なくとも第7共和国のあいだは、日本との「歴史問題」が解決することはあり得ないでしょう。もし、解決できる可能性があるとすれば、「第8共和国へと政権交代した後、前政権を全否定したとき」しかないんだろうなぁ。



2010年8月29日日曜日

『第5共和国』は、現代韓国の『史記』:その1

昨日に引き続いて『第5共和国』の感想。要するにこのドラマは「第7共和国による第5共和国史」ってことであり、現代版の『史記』(=現政権による前政権断罪史)なんですね。儒教国家の歴史は「何でもかんでも前政権が悪い!」と断罪するものだから、関係者がピンピンしていても名誉毀損を恐れずに歴史を描けるのでしょう。

……と考えたのは、ドラマ視聴の副読本のつもりで『極秘韓国軍―知られざる真実・軍事政権の内幕(上下)』(金在洪著、韓桂玉訳。光人社)を読んだからです。

同書は、元東亜日報記者である著者が、93年4月1日から東亜日報に連載した『軍――昨日と今日』をまとめたもの。その内容は、「軍部の秘密組織である一心会(ハナフェ)の暴露本」といったもので、朴正煕暗殺事件の内幕や粛軍クーデター、全斗煥と盧泰愚の暗闘などの暴露を通して、第5共和国の中心的存在だったハナフェを断罪した本といえましょう。ちなみに著者は現在国会議員。こういうネタを主張する大変愉快な人です。

で、この本に描かれている内容のほとんどそのままが、『第5共和国』に援用されているんですよ。

いくつか例を挙げてみると――

①朴正煕は自主武装を目指した。核開発もいいとこまで進めていた。
②でも暗殺でダメになった。金載圭はCIAに近かったよ。背後にいるのはCIAだろ!
③暗殺後、金載圭が陸軍本部ではなく情報部に行っていれば歴史は変わったはずだ。
④朴正煕を暗殺した金載圭は、早すぎた民主化運動の闘士だよ。

――というヨタ話に加え、粛軍クーデターについては、開始から終了までの流れ、途中のセリフまで、ほとんどが同書の第二章(第二章:権力は再び銃口から)の引用です。上記に紹介した朴正煕暗殺の4つのポイントについていえば、①は本当、②はロッキード事件CIA主導説くらいの信憑性、③は噴飯モノ、④は論ずるに足らず――というところでしょうか。

このほかにも粛軍クーデターの流れと解釈などは、ほとんど全てが同書の描写と重複しています。

さて、同書の元になった連載は、<軍事政権>に引導をわたした<文民政権>である金泳三政権発足の4カ月後にスタートしています。その著者は東亜日報記者時代の80年に「東亜日報自由言論宣言」を発表したことで全斗煥政権により強制解職された記者です。この2つの事実から導かれるのは、「全斗煥政権に恨み(韓国/朝鮮風に言うところの“恨”)を持つ記者と、<軍事政権>の影響力を一層したい<文民政権>の利害が一致した連載」という答えになるでしょう。

で、そういう本を元ネタにしたドラマだからこそ、全斗煥は徹底的に悪く描かれています。
(つづく)





2010年8月28日土曜日

『第5共和国』はおもしろかった!

このあいだから見始めた韓国ドラマ『第5共和国』ですが、前言撤回。これはおもしろいです! ただし、見る人を結構選ぶドラマでしょうね。以下に当てはまる人は、見て損はないと断言します。

・『仁義なき戦い・代理戦争』『エリザベス(1998)』『小説吉田学校』みたいな権力を巡る群像劇には目がない
・銃、装甲車、戦車が出てくると無条件でワクワクする。
・全斗煥、盧泰愚、金泳三、金大中についてある程度の知識がある。
・冷戦をリアルタイムで経験している。
・かつて日本のマスコミが北朝鮮を賞賛し、朴正煕~全斗煥時代の韓国をボロクソに叩いていたことを知っている。

言葉を換えれば、以上の点に一つも当てはまらない人は、見るだけ無駄でしょう。脚本は良く練られていますが、演技は大げさだし、セットはチャチだし(CIA地下基地の造作はウルトラマンタロウのZAT基地よりショボイ)、戦闘シーンも戦隊モノレベルなので、ただ漫然と見ているだけでは「アクの強いオッサンたちが怒鳴りあったり、戦争ごっこをしているだけのドラマ」にしか見えず、ちっとも面白くないと思います。

手前は上記5つ全部に当てはまっているので、もうズブズブにハマリました。正直、朴正煕暗殺事件を扱った1~3話は「それは、どうだろうか?」と思って見ていたのですが、4話からスタートした粛軍クーデター以降は、文字通り血みどろの権力闘争(策謀、決断、裏切り、流血の目白押し!)でお腹一杯。世間では「菅vs小沢の一騎打ち」が話題になっていますが、そういう政局バナシをですね、銃と装甲車と戦車を駆使してガチで人殺しをしながら繰り広げるドラマなもんですから、面白くないわけがないんですよ。

とりあえず10巻、20話(光州事件終結~国家保衛立法会議設立)までぶっ通しで見たのですが、ファーストインプレッションは「とにかく殴ること、殺すことに躊躇しない奴らだなぁ」ということ。拷問――タオルを顔にかけてからヤカンで水をぶっかける拷問にシビれました――や鎮圧のシーンでは老若男女一切差別せず警棒でぶん殴り、デモ隊にも容赦なく射撃。クーデターでは一時間前まで友軍だった同胞にも一切躊躇せず発砲する……と、とにかく血の気の多さがリアルに描かれていることに感心しました。

朴正煕暗殺事件や光州事件の解釈や軍事独裁に対する厳しい見方など、いろいろと言いたい事はあるのですが、とにかく見所の多いドラマであることは間違いありません。韓流にも良いものがあるのだということを再認識しました。

追記:このドラマを見るまで、手前が唯一認めていた韓流は「korean drummer rocks out」だけです。





2010年8月27日金曜日

*読書メモ:喧嘩両成敗の誕生

1501年、京都、東寺での事件。東寺領柳原に住む左衛門二郎が親敵として五郎三郎を殺した親敵討ちの処理について、東寺の多くの僧侶は「親敵討ちは正当」と考えていた。しかし、一部の僧侶は「殺人」を問題視した。親敵討ちは合法か違法か? 結局彼らは親敵討ちの正当、違法の判断を保留し、被害者、加害者の財産を差し押さえる決定を下した。

加害者、被害者双方に同程度の処罰を加えるというのは、ほとんど喧嘩両成敗“的”措置といっていい。もっとも、この判断は彼らの独創ではない。中世荘園の刑罰では、ときおり喧嘩の当事者双方を「法に任せ、両人の住屋を検符する」という措置がとられていたからだ。喧嘩両成敗法が明文化されるのは、これから25年後のこと。今川家の分国法「今川かな目録」に盛り込まれた。

相容れない二つの道理が相反することが頻出してしまったとき、<新たな常識>として受け入れられていったのが「双方を同罪にすること」であり、それが発展して喧嘩両成敗に繋がった。中世人が根強く持っていた衡平感覚(相殺主義。やられたぶんだけやりかえす)。これを発展させた結果、喧嘩両成敗や折衷の法(足して二で割る問題解決法)が<新たな常識>となった。

笠松宏至氏曰く、「中世人は何か揉め事が起きたとき、一方が全面的に正しく、他方が全面的に悪いとは必ずしも思っていなかった。争いになる以上、双方に何らかの正しさと落ち度があったに違いないという認識を共有していた」と。

両成敗的措置を採用した法の存在は、平安末期に遡れる。1184年7月の大和国内山永久寺定書に「一、もし当山の僧徒、口論・取合いたすほどの闘諍、出来あるのときは、是非の子細を論ずべからず、かの両人を早く山内より退却すべき事」という規定がみられる(131頁)。

喧嘩両成敗は唯一の紛争解決策でもなかった。湯起請やくじ引きなどもあった。双方の正当性が拮抗し、いずれの主張も甲乙つけがたいときに切望されただけで、当時から喧嘩両成敗の理不尽さにはある程度の自覚があった。

「今川かな目録」の喧嘩両成敗法の“条文”は、「①喧嘩をした者は、喧嘩の理由にかかわらず、(原則として)当事者双方をともに死罪とする。②(ただし)たとえ相手から攻撃されたとしても、我慢して、その結果、相手から傷つけられた場合は、もし傷つけられた側に喧嘩の原因があったとしても、その場で応戦しなかったことに免じて、(今川氏の法廷に訴え出れば、今川氏は)負傷した側を勝訴とする」(178~179頁)となっている。

つまり、喧嘩両成敗の徹底を目的としたのではなく、その後にくる「大名の裁判権のもとに服させる」ことを目的として施行した法律ということ。この大名の裁判権への誘導を目指し、その“導入部”として世間一般の<新たな常識>となっている喧嘩両成敗を取り入れたといっていい。

つまり、戦国大名が喧嘩両成敗法を施行したのは、従来の通説である「大名による強圧的な秩序形成策」というより、「大名による法の支配実現に向けた一里塚」とみるべきだろう。

江戸幕府は喧嘩両成敗法を採用しなかった。統一政権で全ての人間を法に服させることができたためだ。忠臣蔵があれほど熱烈に受け入れられたのは、喧嘩両成敗法のないなかで、民衆の衡平感覚(相殺主義)への憧憬があったためではないか?

2010年8月26日木曜日

趣味やファッションで済ませていい問題ではない

ホメオパシー療法:「効果ない」 山口で乳児死亡、学術会議が談話

少しヒステリックに思えるかもしれないけど、これについて言えば「やりすぎて悪いことはない」(毛沢東)と思います。日本はホメオパシーが一般に普及していないだけで、その他の分野――アトピー性皮膚炎、がん、糖尿病など――では、「敵の肉を食べてパワーアップ」とか「処女を犯してエイズ予防」などを信じているソマリアとかリベリアに勝るとも劣らない疑似科学&代替療法天国だものね。<水からの伝言>が小学校の道徳の時間に教えられていることを考えると、下手すればインドやフランス以上に普及しかねないわけで、こういうたちの悪い疑似科学は、水際作戦で徹底的に叩かないと。実際、『ランセット』は否定を目的に論文を載せたにもかかわらず、ホメオパシー擁護サイドが「一流学術誌に載った! ホメオパシーが科学的に証明された証拠!」と徹底的に曲解して利用し尽したわけだし。

といってもねぇ、こういうのは国の機関が表立って取り扱うものじゃないの!

ホメオパシーや統合医療の効果、厚労省で研究へ

すでに何度も何度もメタ解析されて、「プラセボ以上の効果はない」って結論が出ているんだから。民間の研究機関が追試するのは大歓迎だけど、国が口を挟むとなればハナシは別。それこそ『ランセット』のときと同じように、「日本国厚生労働省が科学的根拠について検証したくらい有望な治療法!」とかって宣伝されるに決まってるんだから。だからこそ、これまで厚労省も触れてこなかったわけでね。万が一、↑のような事態になったとしたら、長妻厚労相はそれだけで腹を切って死ぬどころか、地獄の火で焼かれなきゃダメだって。

何でこんな簡単なことがわからないかなぁ。だいいち、ホメオパシーを取り上げて票になるわけないじゃねぇか。お前は指をナメナメしながら年金記録だけを見てりゃいいんだよ!

【ニコニコ動画】ホメオパシー救急病棟

2010年8月25日水曜日

今更ながら『第5共和国』を見ました

昨日、ふらっと二駅くらい散歩して、普段めったに寄らないTSUTAYAを覗いたら、「旧作4枚で¥1000」というキャンペーンをやっていたので随分久しぶりにDVDを借りました。何を借りたのかといえば『第5共和国』。ちょっと前に知り合いに薦められたのと、このあいだ読んだ本で福田和也氏が面白いと評価していたのもあって、良い機会と思い借りてきたんですよ。

で、1話目を見てみたんですが、まず思ったのは「良くここまで雰囲気の似た役者を揃えたなぁ」

ソビエト製の戦争映画(『ヨーロッパの解放』など)ほど完璧なソックリさん――スターリンはもちろんのこと、チャーチル、ヒトラーはもうそのまんまだからね。映画自体は本っ当につまらないけど――を揃えているわけではありませんが、なんというか雰囲気がそのまんまなんですよ。

朴正煕大統領なんて過去のニュース映像そのまんまだし、全斗煥保安司令官も、よくよく見たら全く似ていない(演じている俳優の顔は松方弘樹に似ている)ものの、いざ動き出したら、「あぁアレ。小学校の頃にニュースで見たやつ!」という感じ。下手にルックスが似すぎていると、ちょっとした表情や動きの違いで「あ、コイツはニセモノ!」と思うものですが、微妙に本物と違うルックスであれば、表情や動きを似せることで“史実と同じ雰囲気”が醸し出せるってことなんでしょうかね。とにかく、演じる俳優の史実再現度の高さは、古今東西数多あるドラマのなかでも屈指のものといえます。

で、そんな雰囲気がそのまんまの登場人物が完全実名で大統領を暗殺したり、国軍を支配下に置く工作をしたり、CIAが動いたり――という具合に、朴正煕暗殺から粛軍クーデターなどの史実を再現しているドラマなわけです。

朴正煕暗殺事件については、一通りの流れを知っていたので「あれがこーなってあーなるのね」と肩の力を抜いて見ていたんですが、暗殺犯である金載圭KCIA部長の動機がねぇ。いや、ドラマだから何を描いてもいいんですが、「車智澈が憎たらしかった」「君側の奸だけじゃなくて君も除いちゃえ」って……こんなんで韓国の視聴者は納得してるのか?

4巻(8話)まで借りたので、この先に面白い展開があると期待したいところだけど。